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【仕事のエコノミクス】vol.1 【更新日:2009/04/27】

「利益率の回復は不十分」という企業側の本音

  
  
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 前回の記事では、高度成長期以降の日本の企業が、「利益率を低下させながらも、労働分配率は上昇させてきた」と書いた。そこで今回は、この利益率の変化を、もっと細かく見ていこう。
 そもそも2000年以降は、「いざなぎ越え」と呼ばれた好景気が続いたのだから、利益率だって上昇していたに違いないという疑問もわくはずだ。このあたりを、整理してみよう。
 そこで、これらの関係を端的に示すのが、このグラフだ。1960年代からこれまで、日本企業の利益率が、どんな動き方をしてきたかが一目瞭然だろう。

日本企業の「利益率」と「労働分配率」は、こう動いてきた

 1960年代は高度成長期だ。このころの日本の製造業は、全国平均で7%以上もの高い売上高利益率を誇っていた。
 50年代の「三種の神器」と呼ばれた白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫がほとんどの家庭へと行き渡っていく一方で、「新・三種の神器」ともてはやされたカラーテレビ ・クーラー ・自動車も普及が始まる。まさに製造業の黄金期だ。海外への輸出も絶好調で、日本製の性能の良さが外国で喧伝され、市場を拡大していた。
 しかし70年代にオイルショックを迎えると、製造業の利益率は大きく低迷していく。一方で、労働者の給与は70年代になっても上昇していた。したがって労働分配率は高まりつづけている。前回のブログで見たとおり、企業が労働者の給与抑制に転じるのは、90年代後半以降なのだから、企業側としてみれば、それなりの「大盤振る舞い」を続けてきたわけだ。
 こうした流れのなかで見ていくと、2000年以降の利益率の回復も、また違ったものに見えてくるだろう。つまり、多少の利益率の上昇があったといっても、企業側にしてみれば、
「高度成長期に比べれば、利益率の回復は不十分である」
 ということになる。オイルショック期と比較してさえ、現在の利益率は高いとはいえない。

 さらに問題が深刻なのが、非製造業だ。1960年代の高度成長期でさえ十分でなかった利益率が、さらにその後も下がっている。にもかかわらず、労働分配率は、製造業と比べて遜色ない。90年代の不況期には、むしろ製造業を上回っていたほどだ。
 つまり、日本にとって主流の職場である非製造業の労働者は、残念なことに、数字の上では「給与をもらいすぎ」なのである。

 リストラ、賃金カット、採用の抑制……。この先、労働者にとってはますます厳しい時代がやってくる。背景として大きいのは、「労働の質」の変化だ。
 高度成長期は、一人ひとりの労働者が腕をみがき、熟練した技能を身につけることで、会社にも利益をもたらしていた。電気製品や精密機械を作るのも、きれいな衣服を縫い上げるのも、船やビルを建造するのも、すべて熟練した労働者の腕次第だった。
 つまり、「よい製品をつくる」ということが、労働者の能力と密接にかかわっていた時代だったのだ。だからこそ、企業も労働者を大切にした。
 しかし今はどうだろう。ものづくりは次々とオートメーション化され、高層ビルや住宅だってまるでプラモデルをはめ込むように建造されていく。そこでは、「人間の手」か介在する要素がどんどん減っている。腕の良い左官が、建物の壁をきれいに塗る必要など無い。建材パネルを「ぱこっ」とはめて、終わってしまうのだ。
 こうなってしまうと、企業にとっては、かつてのような、
「定年までまじめに働き続けながら、腕を上げていく正社員」
 という存在が、もうありがたくない。企業側には、労働者の給与を上げるインセンティブがないのだ。
 では、回復しつつある利益率の使い道は、いまどこにあるのだろう。次回はそれを見ていく。



(記事:Bizトピックス編集部 → 編集記者募集中

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