社歌、社訓が大好きな日本企業 いちど止めてみてはどうか 2012年8月3日 企業徹底研究 ツイート 日本企業において、社歌や社訓はどう機能しているのか――。日本企業は農村が都市化する近代化の過程で、「ムラ的共同体(ゲマインシャフト)」の要素を取り込んで成長した。 市場や顧客は、放っておいても右肩上がりに伸びていく。したがって会社は、あたかも大家族のように結束を固め、社員は会社に忠誠を誓っていれば良かったのである。 低成長時代に入り市場が縮小する中でも、日本企業は「共同体」から「目標達成の機能体(ゲゼルシャフト)」への転換を図れずにいる。組織内部の秩序を目的化することから、相変わらず脱せずにいるのだ。社歌や社訓は、その象徴である。 「世間にも知られる大企業になっているだが、中身は中小企業の古い体質を引きずったままのところが多くある。例えば、朝礼(そんなものがあること自体が古いとも思う)や役職の高い人が参加する会議の冒頭等ことある毎に、“毎日改善”という社是を唱える習慣がある。そんな習慣をやめることの方が改善だと思うのだが」(カシオ計算機、30代前半の男性社員) ◇ グーグルやアップルの社員が社歌を斉唱するか? 企業がグローバル化するとき、経営統合の拠り所が必要であり、その文脈で社歌や社訓を再評価する人もいる。しかし、グーグルやマイクロソフト、IBMやアップルが社歌を斉唱し、声を合わせて社訓を暗誦するだろうか。 逆に、いまも毎朝、社歌の斉唱や社訓の唱和を欠かさないパナソニック。7700億円の赤字を出し、「脱テレビ」を掲げ、リストラをはじめとするコスト削減策の着手を余儀なくされ、そのうえ成長の見込みがある事業を有していないのはなぜなのか。 社歌や社訓と業績との関連が明らかにされたわけではないが、こうも日本企業に景気の悪い話ばかりが続くと、「社歌や社訓では業績は上がらない」「いっそ社歌や社訓は止めたほうがいいのではないか」と言いたくもなる。 「職場の雰囲気は愛社精神を高めるために、毎日社歌を歌います。朝礼があり、みんなの前でスピーチしなければなりません。おじさんが多く関西弁のおやじギャグが飛び交ってます。(略)そういうおじさん達ともうまくやっていくのも仕事です」(パナソニック、20代後半の女性社員) 奇しくもこの女性が指摘する通り、社歌や社訓は事業の中身に関することに言及することは少ない。会社として、どういうことに気をつけて(おじさん達とうまくやって)経営や業務をやっていくかということが多い。 ◇ いまさら「産業報国」などと唱和して何になる 社歌や社訓は「What」ではなく「How」である。ビジネスの中身ではなく、そのやり方についてしか言及しない。いわく「世界文化の進展」「各員の和親協力」「産業報国」…。いまさらこんなことを言って、何になるのだろうか。 「朝から清掃、朝礼、社歌、社是の唱和などがあります。こういう系が好きな人は好きでしょう。私はあまり気にしませんでしたが、毎朝で気が狂いそうだと言う人もいます」(日本電産、20代前半の男性社員) そういう精神主義的なマネジメントが有効だったのは、市場が自動的に拡大している中で、組織を秩序立てて運営していくときだけではないか。もはや、そんな時代ではない。「社歌や社訓の時代」は終わったのだ。 それでも官僚化した日本企業の経営者は、そのような産業と組織の発展段階を歴史的に俯瞰(ふかん)する視点を持たない。せいぜい自分の任期に一度くらいラッキーが来てくれることを、神棚に祈っている程度だ。 「毎朝、朝礼があり体育会系の営業にびっくりした。机の上に登り初契約社員や営業成績優秀者が社訓の音頭を取り全員で大合唱。。。新卒の場合、ここで洗脳されたらもう戻れない雰囲気。ともかく契約、契約で契約するためなら嘘や騙しもなんのその感覚が麻痺してきて、会社から家に戻ると激しい自己嫌悪を陥りました」(ピジョン、20代前半の男性社員) もう古い日本企業を無理に変革する必要はないだろう。国内外から新しい企業が生まれ、古い企業と置き換わっていく。そんな時に「過去の有名企業」のブランドに惹かれて入社するのは、果たして得策なのだろうか。 【その他の企業徹底研究の記事はこちら】 *「キャリコネ」は、社員が投稿した企業に関する口コミ、年収情報、面接体験などを共有するサイトです。2012年6月末現在、45万社、18万件の口コミが登録されています。
社歌、社訓が大好きな日本企業 いちど止めてみてはどうか
日本企業において、社歌や社訓はどう機能しているのか――。日本企業は農村が都市化する近代化の過程で、「ムラ的共同体(ゲマインシャフト)」の要素を取り込んで成長した。
市場や顧客は、放っておいても右肩上がりに伸びていく。したがって会社は、あたかも大家族のように結束を固め、社員は会社に忠誠を誓っていれば良かったのである。
低成長時代に入り市場が縮小する中でも、日本企業は「共同体」から「目標達成の機能体(ゲゼルシャフト)」への転換を図れずにいる。組織内部の秩序を目的化することから、相変わらず脱せずにいるのだ。社歌や社訓は、その象徴である。
「世間にも知られる大企業になっているだが、中身は中小企業の古い体質を引きずったままのところが多くある。例えば、朝礼(そんなものがあること自体が古いとも思う)や役職の高い人が参加する会議の冒頭等ことある毎に、“毎日改善”という社是を唱える習慣がある。そんな習慣をやめることの方が改善だと思うのだが」(カシオ計算機、30代前半の男性社員)
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グーグルやアップルの社員が社歌を斉唱するか?
企業がグローバル化するとき、経営統合の拠り所が必要であり、その文脈で社歌や社訓を再評価する人もいる。しかし、グーグルやマイクロソフト、IBMやアップルが社歌を斉唱し、声を合わせて社訓を暗誦するだろうか。
逆に、いまも毎朝、社歌の斉唱や社訓の唱和を欠かさないパナソニック。7700億円の赤字を出し、「脱テレビ」を掲げ、リストラをはじめとするコスト削減策の着手を余儀なくされ、そのうえ成長の見込みがある事業を有していないのはなぜなのか。
社歌や社訓と業績との関連が明らかにされたわけではないが、こうも日本企業に景気の悪い話ばかりが続くと、「社歌や社訓では業績は上がらない」「いっそ社歌や社訓は止めたほうがいいのではないか」と言いたくもなる。
「職場の雰囲気は愛社精神を高めるために、毎日社歌を歌います。朝礼があり、みんなの前でスピーチしなければなりません。おじさんが多く関西弁のおやじギャグが飛び交ってます。(略)そういうおじさん達ともうまくやっていくのも仕事です」(パナソニック、20代後半の女性社員)
奇しくもこの女性が指摘する通り、社歌や社訓は事業の中身に関することに言及することは少ない。会社として、どういうことに気をつけて(おじさん達とうまくやって)経営や業務をやっていくかということが多い。
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いまさら「産業報国」などと唱和して何になる
社歌や社訓は「What」ではなく「How」である。ビジネスの中身ではなく、そのやり方についてしか言及しない。いわく「世界文化の進展」「各員の和親協力」「産業報国」…。いまさらこんなことを言って、何になるのだろうか。
「朝から清掃、朝礼、社歌、社是の唱和などがあります。こういう系が好きな人は好きでしょう。私はあまり気にしませんでしたが、毎朝で気が狂いそうだと言う人もいます」(日本電産、20代前半の男性社員)
そういう精神主義的なマネジメントが有効だったのは、市場が自動的に拡大している中で、組織を秩序立てて運営していくときだけではないか。もはや、そんな時代ではない。「社歌や社訓の時代」は終わったのだ。
それでも官僚化した日本企業の経営者は、そのような産業と組織の発展段階を歴史的に俯瞰(ふかん)する視点を持たない。せいぜい自分の任期に一度くらいラッキーが来てくれることを、神棚に祈っている程度だ。
「毎朝、朝礼があり体育会系の営業にびっくりした。机の上に登り初契約社員や営業成績優秀者が社訓の音頭を取り全員で大合唱。。。新卒の場合、ここで洗脳されたらもう戻れない雰囲気。ともかく契約、契約で契約するためなら嘘や騙しもなんのその感覚が麻痺してきて、会社から家に戻ると激しい自己嫌悪を陥りました」(ピジョン、20代前半の男性社員)
もう古い日本企業を無理に変革する必要はないだろう。国内外から新しい企業が生まれ、古い企業と置き換わっていく。そんな時に「過去の有名企業」のブランドに惹かれて入社するのは、果たして得策なのだろうか。
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