ソフトバンクと楽天を手玉に取ったイー・アクセスのしたたかさ 2012年10月10日 企業徹底研究 ツイート ソフトバンクは10月1日、イー・アクセスを買収すると発表した。買収手続き完了後、イー・アクセスはソフトバンクの完全子会社となり、上場は来年2月に廃止する。これで携帯電話市場は実質大手3社体制になる。 買収金額は2000億円弱と見られている。イー・アクセスの株価は現在1万5000円前後。ソフトバンクは5万2000円と時価の3.5倍の買収額を提示し、破格の提示にイー・アクセスはすぐに買収を承諾したといわれている。 ソフトバンクがイー・アクセスを買収したのは、戦略商材であるiPhone5でデザリングを開始するために高速周波数帯域を確保するのが目的。買収でソフトバンクは、イー・アクセスに割り当てられている700MHz帯と国際帯域の1.7GHz帯の免許を手に入れた。そして、2013年1月15日に予定していたデザリング開始日を今年12月15日に前倒しすると発表した。 ソフトバンクの孫正義社長は、買収会見でイー・アクセスの買収で「お客様に最高のモバイルブロードバンドを提供できる」と述べた。一方、イー・アクセスの千本倖生会長は、「キャリア各社から提案があった中で、DNAが一番似ているのがソフトバンクだった。ゼロからリスクをとって志をもって挑戦する姿勢は弊社と似ている」と、ソフトバンクを選んだ説明した。 さらに「ソフトバンクの子会社になることで、ソフトバンクの大きなモバイルブロードバンド戦略の中で徹底的に革命の道を目指してゆきたい。夢を共有してソフトバンクグループの一員としてナンバー1を目指す」と述べた。しかし、合併後もイー・アクセスの取締役として活躍するのかとの記者の問いには「わからない」と口を濁している。 ◇ DNAがまったく異なる社風のソフトバンクとイー・アクセス ソフトバンクとイー・アクセス、ケータイの通信キャリアとしては後発、トップのワンマン経営など似ているところもあるが、社風はかなり異なるといわれている。 その両社は千本会長が熱弁したように「夢を共有」できるのだろうか。キャリコネに寄せられた2社の社員の口コミから探ってみよう。 まずは、イー・アクセスからだ。20代後半の男性社員は社内の様子について、こう述べている。 「評価制度や社内業務のシステム化、社員教育制度などに遅れが見られる。ベンチャー精神を打ち出す割には、社内の人間関係などは大手の政治的な要素を持っている」 30代前半の男性社員もこう言う。 「実力主義と言っているが、実力がある人よりもゴマすりがうまい人の方が出世する。典型的な古い体質。しかも役無し管理職が溢れている」 また、41歳の男性社員は優秀な人材が育ちにくい環境だと嘆いている。 「幹部から現場まで、イー・アクセス創業期メンバーの仲良しクラブ意識が強いので、『賢い鳥はその巣を選ぶ』ではないが、見切って飛び去る人もいる」 一方のソフトバンクはどうだろうか。 「若くても大型のM&Aなどのプロジェクトに参加できる。仕事のやりがいは大きい会社」 と、28歳の男性社員は話している。 30代前半の男性社員は社内環境を、こう述べている。 「派閥や変な対抗意識もなく、得意分野を活かしながら協力して働ける環境」l また、40代前半の契約社員は「「プロフェッショナルを尊重するカルチャーがある」と言う。その理由を次のように話している。 「急成長する中で様々な分野の経験者を要職に採用しているので、そう言った雰囲気が自然にできているのかも知れない」 こうして見ると、2社の社員の声は対照的だ。「典型的な古い体質」の下でモチベーションをスポイルされたイー・アクセス社員が、行動的なソフトバンクの社風になじめるのだろうか。 孫社長はイー・アクセスのモバイル通信事業について、「事業継続に必要な帯域も割り当てる」と話し、社員も「解雇はまったく考えていない。それどころか、今度はソフトバンクグループで活躍してもらうことへの期待感の方が大きい」と言明している。 だが、イー・アクセス関係者は「社員が1200名余りのうち、千本さんの経営に不満を持ち続けていた1割ぐらいの社員は、水を得た魚のように生き返るだろう。残りはソフトバンクのスピード感について行けなくて、おいおい退職してゆくのでは」と話している。 ◇ 身売りの保険にされた楽天 一方、今回の買収で泡を食った会社がある。それが楽天だ。 楽天は、イー・アクセスと、9月19日に「楽天イー・モバイル」を合弁で設立。ソフトバンクが買収を発表した10月1日から携帯端末向けネット接続サービス「楽天スーパーWiFi(ワイファイ)を開始した。 合弁会社の資本金は5億円。楽天が51%、イー・アクセスが49%出資する。楽天はMVNO(仮想移動体通信事業者)ではなく、イー・アクセスとの合弁で、キャリア的な立場でサービスを提供することにした。 その狙いを楽天の三木谷浩史社長は「新事業を両社が本気で大きく育てたいと考えている。そのためには常識的なMVNOではなく、共に事業責任を分かち合う合弁事業が最善策と判断した」と、9月19日の記者発表で述べた。 同席したイー・アクセスの千本会長も「国内最大のネットサービスの楽天と組むのであれば、この際、お互いのノウハウを共有したい。敢えてリスクを取ることで、今までのMVNOにはない革新的なサービスを生み出したい」と、「革命事業家」(業界関係者)の見得を切っていた。 その直後に発表されたイー・アクセスのソフトバンクへの身売り。三木谷社長は、本来ならその動きを知りえる立場だったが、完全にカヤの外にされた。 千本会長が合弁交渉をしている一方で、イー・アクセス身売り話を進めていた二股行動を全く知らなかったのだ。通信業界の関係者はその理由について、こう言う。 「楽天との合弁は千本さんの保険。イー・アクセス身売りがとん挫した場合、合弁事業の方で会社の延命を図ろうとしていた。そこに、ソフトバンクと言う救いの神が現れた。千本さんはこれ幸いに話にのった」。 「機を見るに敏」と言われる三木谷社長。ネット接続ビジネスに飛びつき、独断専行でサービス開始に漕ぎつけたまではよかったが、脇の甘さを千本会長にうまく利用される形になり、三木谷社長の面目も丸潰れになった。 ◇ 二股交渉で笑いが止まらない? ソフトバンクと楽天相手に、二股交渉を見事成功させた千本会長。もともとは旧電電公社(現NTT)の技術者だったが、通信自由化が行われると、京セラの稲盛会長を担ぎ出し第二電電(現KDDI)を立ち上げた。 しかし、先行者利益を得ると副社長を早々に退任して慶大教授に転身。その在任中に風力発電のパイオニアと言われた小島剛氏が97年に立ち上げたエコ・パワーの会長に就任した。 ただ、同社の赤字が続き、風力発電ビジネスは儲からないとわかると、ここでもすぐに身を引き、今度はインターネット事業に目を付けた。 そして、外資系金融機関から資金を調達してADSLサービス会社のイー・アクセスを99年に設立。携帯電話事業にも乗り出し、携帯電話会社の「イー・モバイル」を設立した。 その後、イー・モバイルは高速データ通信分野で国内シェア50%を獲得し首位となった。イー・アクセスもADSLは国内シェア24%で2位と、そこそこ健闘していた。 しかし、光回線の普及が進むにつれて、ADSLは減少傾向を強め、事業は先細りになった。高速データ通信分野で首位の携帯電話事業も売上げはソフトバンクモバイルの10分の1程度しかなく、こちらも先細り必至状態になっていた。 このため、1年ほど前から通信会社関係者の間で「千本会長がイー・アクセスの身売り先を探している」との噂が立っていた。前出の通信業界関係者は今回の経緯を、こう説明する。 「千本会長は最初、NTTドコモに話を持っていったが、半年ほど待たされた挙げ句に断られ、次にKDDIに行ったが、交渉は思うように進展しなかった。痺れを切らしていた時に、身売り話を聞きつけたソフトバンクが割り込んだ。そして、孫社長が株式市場の3倍半の買収額を示し千本会長と直談判、わずか1週間余りで手中に収めた」。 結局、孫社長の果敢な判断が、KDDIからイー・アクセスを横取りし、ソフトバンクがKDDI追い越しの事業基盤を確保する格好になった。また、「イー・アクセスの3%近い株式を所有しているので、千本さん自身も身売りで大儲けをしている」と証券関係者は言う。千本会長にとっては笑いが止まらない二股交渉成功だったに違いない。 【その他の企業徹底研究の記事はこちら】 *「キャリコネ」は、社員が投稿した企業に関する口コミ、年収情報、面接体験などを共有するサイトです。2012年9月末現在、45万社、20万件の口コミが登録されています。
ソフトバンクと楽天を手玉に取ったイー・アクセスのしたたかさ
ソフトバンクは10月1日、イー・アクセスを買収すると発表した。買収手続き完了後、イー・アクセスはソフトバンクの完全子会社となり、上場は来年2月に廃止する。これで携帯電話市場は実質大手3社体制になる。
買収金額は2000億円弱と見られている。イー・アクセスの株価は現在1万5000円前後。ソフトバンクは5万2000円と時価の3.5倍の買収額を提示し、破格の提示にイー・アクセスはすぐに買収を承諾したといわれている。
ソフトバンクがイー・アクセスを買収したのは、戦略商材であるiPhone5でデザリングを開始するために高速周波数帯域を確保するのが目的。買収でソフトバンクは、イー・アクセスに割り当てられている700MHz帯と国際帯域の1.7GHz帯の免許を手に入れた。そして、2013年1月15日に予定していたデザリング開始日を今年12月15日に前倒しすると発表した。
ソフトバンクの孫正義社長は、買収会見でイー・アクセスの買収で「お客様に最高のモバイルブロードバンドを提供できる」と述べた。一方、イー・アクセスの千本倖生会長は、「キャリア各社から提案があった中で、DNAが一番似ているのがソフトバンクだった。ゼロからリスクをとって志をもって挑戦する姿勢は弊社と似ている」と、ソフトバンクを選んだ説明した。
さらに「ソフトバンクの子会社になることで、ソフトバンクの大きなモバイルブロードバンド戦略の中で徹底的に革命の道を目指してゆきたい。夢を共有してソフトバンクグループの一員としてナンバー1を目指す」と述べた。しかし、合併後もイー・アクセスの取締役として活躍するのかとの記者の問いには「わからない」と口を濁している。
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DNAがまったく異なる社風のソフトバンクとイー・アクセス
ソフトバンクとイー・アクセス、ケータイの通信キャリアとしては後発、トップのワンマン経営など似ているところもあるが、社風はかなり異なるといわれている。
その両社は千本会長が熱弁したように「夢を共有」できるのだろうか。キャリコネに寄せられた2社の社員の口コミから探ってみよう。
まずは、イー・アクセスからだ。20代後半の男性社員は社内の様子について、こう述べている。
「評価制度や社内業務のシステム化、社員教育制度などに遅れが見られる。ベンチャー精神を打ち出す割には、社内の人間関係などは大手の政治的な要素を持っている」
30代前半の男性社員もこう言う。
「実力主義と言っているが、実力がある人よりもゴマすりがうまい人の方が出世する。典型的な古い体質。しかも役無し管理職が溢れている」
また、41歳の男性社員は優秀な人材が育ちにくい環境だと嘆いている。
「幹部から現場まで、イー・アクセス創業期メンバーの仲良しクラブ意識が強いので、『賢い鳥はその巣を選ぶ』ではないが、見切って飛び去る人もいる」
一方のソフトバンクはどうだろうか。
「若くても大型のM&Aなどのプロジェクトに参加できる。仕事のやりがいは大きい会社」
と、28歳の男性社員は話している。
30代前半の男性社員は社内環境を、こう述べている。
「派閥や変な対抗意識もなく、得意分野を活かしながら協力して働ける環境」l
また、40代前半の契約社員は「「プロフェッショナルを尊重するカルチャーがある」と言う。その理由を次のように話している。
「急成長する中で様々な分野の経験者を要職に採用しているので、そう言った雰囲気が自然にできているのかも知れない」
こうして見ると、2社の社員の声は対照的だ。「典型的な古い体質」の下でモチベーションをスポイルされたイー・アクセス社員が、行動的なソフトバンクの社風になじめるのだろうか。
孫社長はイー・アクセスのモバイル通信事業について、「事業継続に必要な帯域も割り当てる」と話し、社員も「解雇はまったく考えていない。それどころか、今度はソフトバンクグループで活躍してもらうことへの期待感の方が大きい」と言明している。
だが、イー・アクセス関係者は「社員が1200名余りのうち、千本さんの経営に不満を持ち続けていた1割ぐらいの社員は、水を得た魚のように生き返るだろう。残りはソフトバンクのスピード感について行けなくて、おいおい退職してゆくのでは」と話している。
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身売りの保険にされた楽天
一方、今回の買収で泡を食った会社がある。それが楽天だ。
楽天は、イー・アクセスと、9月19日に「楽天イー・モバイル」を合弁で設立。ソフトバンクが買収を発表した10月1日から携帯端末向けネット接続サービス「楽天スーパーWiFi(ワイファイ)を開始した。
合弁会社の資本金は5億円。楽天が51%、イー・アクセスが49%出資する。楽天はMVNO(仮想移動体通信事業者)ではなく、イー・アクセスとの合弁で、キャリア的な立場でサービスを提供することにした。
その狙いを楽天の三木谷浩史社長は「新事業を両社が本気で大きく育てたいと考えている。そのためには常識的なMVNOではなく、共に事業責任を分かち合う合弁事業が最善策と判断した」と、9月19日の記者発表で述べた。
同席したイー・アクセスの千本会長も「国内最大のネットサービスの楽天と組むのであれば、この際、お互いのノウハウを共有したい。敢えてリスクを取ることで、今までのMVNOにはない革新的なサービスを生み出したい」と、「革命事業家」(業界関係者)の見得を切っていた。
その直後に発表されたイー・アクセスのソフトバンクへの身売り。三木谷社長は、本来ならその動きを知りえる立場だったが、完全にカヤの外にされた。
千本会長が合弁交渉をしている一方で、イー・アクセス身売り話を進めていた二股行動を全く知らなかったのだ。通信業界の関係者はその理由について、こう言う。
「楽天との合弁は千本さんの保険。イー・アクセス身売りがとん挫した場合、合弁事業の方で会社の延命を図ろうとしていた。そこに、ソフトバンクと言う救いの神が現れた。千本さんはこれ幸いに話にのった」。
「機を見るに敏」と言われる三木谷社長。ネット接続ビジネスに飛びつき、独断専行でサービス開始に漕ぎつけたまではよかったが、脇の甘さを千本会長にうまく利用される形になり、三木谷社長の面目も丸潰れになった。
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二股交渉で笑いが止まらない?
ソフトバンクと楽天相手に、二股交渉を見事成功させた千本会長。もともとは旧電電公社(現NTT)の技術者だったが、通信自由化が行われると、京セラの稲盛会長を担ぎ出し第二電電(現KDDI)を立ち上げた。
しかし、先行者利益を得ると副社長を早々に退任して慶大教授に転身。その在任中に風力発電のパイオニアと言われた小島剛氏が97年に立ち上げたエコ・パワーの会長に就任した。
ただ、同社の赤字が続き、風力発電ビジネスは儲からないとわかると、ここでもすぐに身を引き、今度はインターネット事業に目を付けた。
そして、外資系金融機関から資金を調達してADSLサービス会社のイー・アクセスを99年に設立。携帯電話事業にも乗り出し、携帯電話会社の「イー・モバイル」を設立した。
その後、イー・モバイルは高速データ通信分野で国内シェア50%を獲得し首位となった。イー・アクセスもADSLは国内シェア24%で2位と、そこそこ健闘していた。
しかし、光回線の普及が進むにつれて、ADSLは減少傾向を強め、事業は先細りになった。高速データ通信分野で首位の携帯電話事業も売上げはソフトバンクモバイルの10分の1程度しかなく、こちらも先細り必至状態になっていた。
このため、1年ほど前から通信会社関係者の間で「千本会長がイー・アクセスの身売り先を探している」との噂が立っていた。前出の通信業界関係者は今回の経緯を、こう説明する。
「千本会長は最初、NTTドコモに話を持っていったが、半年ほど待たされた挙げ句に断られ、次にKDDIに行ったが、交渉は思うように進展しなかった。痺れを切らしていた時に、身売り話を聞きつけたソフトバンクが割り込んだ。そして、孫社長が株式市場の3倍半の買収額を示し千本会長と直談判、わずか1週間余りで手中に収めた」。
結局、孫社長の果敢な判断が、KDDIからイー・アクセスを横取りし、ソフトバンクがKDDI追い越しの事業基盤を確保する格好になった。また、「イー・アクセスの3%近い株式を所有しているので、千本さん自身も身売りで大儲けをしている」と証券関係者は言う。千本会長にとっては笑いが止まらない二股交渉成功だったに違いない。
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