転職直前に上司が脅し! 「ウチのお客を訪問しないと約束しなければ、退職金は支払わない」 2014年3月10日 弁護士に言っちゃうぞ ツイート 「これって、職業選択の自由に反してないでしょうか」――。そう憤るのは、日系の大手医療機器メーカーA社で法人営業を担当するNさん(33歳)。医療業界で営業一筋に歩んできた、働き盛りの女性だ。 勉強熱心でクライアントの信頼が厚く、営業成績も悪くなかったが、上司とソリが合わず待遇に不満を持っていた。そんなころ、情報をかぎつけた転職エージェントから声がかかり、同業他社B社への鞍替えが決まったという。 ところが上司は転職にあたって、Nさんが「これまでウチの営業活動を通じて関係を深めてきた顧客への訪問を行わない」と確約しない限り、退職金を支払わないと通告してきた。顧客の横取りを恐れたのだろう。 しかし、同業他社に転職する限り、対象顧客は似たり寄ったりだ。会社の顧客データを待ちだすまでもなく、それぞれの病院がどこにあり、どんな先生がいて、どういった治療方針を持っているか、趣味は何かくらいは頭に入っている。 A社とB社の製品や購入条件などを比較して決めるのは、病院の選択の自由である。それなのに、退職金を引き換えに、転職先での活動を阻もうとするのは理不尽ではないか。職場の法律問題に詳しいアディーレ法律事務所の岩沙好幸弁護士に聞いてみた。 この手の「嫌がらせ」は増えている ――終身雇用が激減し、転職が当たり前のようになってきた昨今、この相談のような嫌がらせが多く報告されています。しかし、こんな理不尽なことは通用しませんので、ご安心ください。 退職金は、労働協約、就業規則、労働契約などでそれを支給することや、支給基準が定められている場合は、それに基づき、会社は従業員に対して退職金を支払わなければなりません。 ただし、退職者が競業をすることを防ぐために、就業規則で、同業他社に転職等した者に対する「退職金の減額・没収」を規定している会社があります。 就業規則の規定がない場合は、減額・没収はもちろん許されませんので、会社が一方的に事後的に退職金の支給を拒否することは認められません。 また、仮に就業規則で、同業他社に転職等した者に対する退職金の減額・没収を規定していたとしても、必ずしもこの規定が有効になるわけではありません。 「顕著な背信性」がある場合には減額可能 裁判例には、就業規則の退職金減額規定は、 「退職金を失わせることが相当であると考えられるような顕著な背信性がある場合に限って有効である」 としたものがあります。 会社の機密情報を転職先で利用することは許されないとしても、退職後に機密情報を利用せずにかつての顧客を訪問することは何も問題はありません。したがって、今回のケースでは、仮に就業規則に減額・没収の規定があったとしても、著しい背信性があるとは一概には認められないため争う余地はあるでしょう。 なお、過去の判例では、同業他社へ転職した場合の退職金が自己都合による退職の場合の半額と定める退職金規定が有効と判断されたものもありますので、退職金規定には注意が必要です。 長年貢献した会社から理不尽な対応を受けるということは、精神的な苦痛が大きいと思います。しかしここは、セコイ会社に骨を埋めずに済んでよかったと気持ちを切り替え、新たな職場でご活躍されることを願っています。 あわせてよみたい:外資系製薬MRが見た「地獄」 【取材協力弁護士 プロフィール】 岩沙 好幸(いわさ よしゆき)弁護士(第二東京弁護士会所属)。慶應義塾大学経済学部卒業、首都大学東京法科大学院修了。弁護士法人アディーレ法律事務所。パワハラ・不当解雇・残業代未払いなどのいわゆる「労働問題」を主に扱う。動物好きでフクロウを飼育中。近著に『ブラック企業に倍返しだ! 弁護士が教える正しい闘い方』(ファミマドットコム)。『弁護士 岩沙好幸の白黒つける労働ブログ』も更新中。 頼れる刑事弁護なら≪http://www.adire-bengo.jp/≫
転職直前に上司が脅し! 「ウチのお客を訪問しないと約束しなければ、退職金は支払わない」
「これって、職業選択の自由に反してないでしょうか」――。そう憤るのは、日系の大手医療機器メーカーA社で法人営業を担当するNさん(33歳)。医療業界で営業一筋に歩んできた、働き盛りの女性だ。
勉強熱心でクライアントの信頼が厚く、営業成績も悪くなかったが、上司とソリが合わず待遇に不満を持っていた。そんなころ、情報をかぎつけた転職エージェントから声がかかり、同業他社B社への鞍替えが決まったという。
ところが上司は転職にあたって、Nさんが「これまでウチの営業活動を通じて関係を深めてきた顧客への訪問を行わない」と確約しない限り、退職金を支払わないと通告してきた。顧客の横取りを恐れたのだろう。
しかし、同業他社に転職する限り、対象顧客は似たり寄ったりだ。会社の顧客データを待ちだすまでもなく、それぞれの病院がどこにあり、どんな先生がいて、どういった治療方針を持っているか、趣味は何かくらいは頭に入っている。
A社とB社の製品や購入条件などを比較して決めるのは、病院の選択の自由である。それなのに、退職金を引き換えに、転職先での活動を阻もうとするのは理不尽ではないか。職場の法律問題に詳しいアディーレ法律事務所の岩沙好幸弁護士に聞いてみた。
この手の「嫌がらせ」は増えている
――終身雇用が激減し、転職が当たり前のようになってきた昨今、この相談のような嫌がらせが多く報告されています。しかし、こんな理不尽なことは通用しませんので、ご安心ください。
退職金は、労働協約、就業規則、労働契約などでそれを支給することや、支給基準が定められている場合は、それに基づき、会社は従業員に対して退職金を支払わなければなりません。
ただし、退職者が競業をすることを防ぐために、就業規則で、同業他社に転職等した者に対する「退職金の減額・没収」を規定している会社があります。
就業規則の規定がない場合は、減額・没収はもちろん許されませんので、会社が一方的に事後的に退職金の支給を拒否することは認められません。
また、仮に就業規則で、同業他社に転職等した者に対する退職金の減額・没収を規定していたとしても、必ずしもこの規定が有効になるわけではありません。
「顕著な背信性」がある場合には減額可能
裁判例には、就業規則の退職金減額規定は、
としたものがあります。
会社の機密情報を転職先で利用することは許されないとしても、退職後に機密情報を利用せずにかつての顧客を訪問することは何も問題はありません。したがって、今回のケースでは、仮に就業規則に減額・没収の規定があったとしても、著しい背信性があるとは一概には認められないため争う余地はあるでしょう。
なお、過去の判例では、同業他社へ転職した場合の退職金が自己都合による退職の場合の半額と定める退職金規定が有効と判断されたものもありますので、退職金規定には注意が必要です。
長年貢献した会社から理不尽な対応を受けるということは、精神的な苦痛が大きいと思います。しかしここは、セコイ会社に骨を埋めずに済んでよかったと気持ちを切り替え、新たな職場でご活躍されることを願っています。
あわせてよみたい:外資系製薬MRが見た「地獄」
【取材協力弁護士 プロフィール】
岩沙 好幸(いわさ よしゆき)
弁護士(第二東京弁護士会所属)。慶應義塾大学経済学部卒業、首都大学東京法科大学院修了。弁護士法人アディーレ法律事務所。パワハラ・不当解雇・残業代未払いなどのいわゆる「労働問題」を主に扱う。動物好きでフクロウを飼育中。近著に『ブラック企業に倍返しだ! 弁護士が教える正しい闘い方』(ファミマドットコム)。『弁護士 岩沙好幸の白黒つける労働ブログ』も更新中。 頼れる刑事弁護なら≪http://www.adire-bengo.jp/≫