• 紫式部『源氏物語』

    1000年前に完成した奇跡の文学作品。
    宮廷の人間ドラマは、現代のビジネス社会にも通じる。

    現代サラリーマンに置き換えれば、さしづめ派閥争いの敗北か、左遷や地方転勤といったところだろう。源氏物語の第十二帖「須磨」と第十三帖「明石」は、右大臣一派の逆鱗に触れた光源氏が、流罪に処される前に、みずから都を離れ、さびしい侘び住まいをする帖だ。
    朱雀帝の婚約者である朧月夜との密会を、父親の右大臣に目撃されるのは、第十帖「賢木」。この帖では、源氏が恋こがれた相手である藤壷も、出家して離れていく。
    権力を失い、身近な者たちも去られ、孤独の生活を送っている源氏。そのもとに、宰相の中将に出世していたライバルの頭中将だけは、遠路はるばる、会いにやってくるのだ。

    サラリーマン世界に置き換えれば、この頭中将の行動は、危険きわまりない。絶大な権力をもつ右大臣家ににらまれている源氏に近づくなど、損得だけで動く男なら、とらないリスクだ。しかし、そんな損得勘定などよりも、友情を選んで恬淡としている頭中将は、かっこいい。
    心づくしの土産をもってきた頭中将に、源氏はこう歌を詠む。

    ふるさとを いづれの春か 行きて見む
    うらやましきは 帰るかりがね
    (なつかしい都を、いつ見ることだろうか。北へ帰る雁がうらやましい)

    頭中将は返歌で源氏を慰めた。

    あかなくに、かりの常世を 立ち別れ
    花の都に 道やまどはむ
    (心残りのまま、この地を去っては、心が乱れて道に迷うだろうよ)

    源氏は頭中将に対して、馬を贈った。返礼に頭中将は、笛を残して、京都へ帰っていく。

    関西学院大の高木和子教授は、著書『男読み 源氏物語』のなかで、頭中将の「政治力」に注目している。源氏よりも年上の頭中将は、若いころはあの有名な「雨夜の品定め」などによって、源氏に「この男にはかなわない」と思わせている。だがやがて、紅葉賀での「青海波の舞」では源氏の引き立て役となる。須磨を訪ねて源氏を感動させるが、その後は、復権した源氏と政治的に対立をする。
    こうした両者のライバル関係を、高木教授は「情報戦だ」と評する。あるときは隠し、あるときは気づかせる。そんな抜きつ抜かれつを繰り返すなかで、二人の男が出世と成長をしていくわけだ。
    「情報収集も、情報隠蔽も、大事な政治力なのだ」
    と高木教授。源氏物語には、そんな世界も描かれている。
    源氏の「人事力」に注目するのは、明治大の日向一雅教授。明石から京都へと帰って、再び権力を掌握した源氏は、しかし右大臣派に対して、
    「一気呵成に入れ替えるような果断な人事の刷新を行わなかったことに注意を払いたい」
    と述べている。
    源氏物語。それは1000年前に書かれながら、現代のビジネス指南書ともなりえる一面をもっている。

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