• ベンチャー企業の挫折描写が満載! 投資家が書いた小説「数字は踊る」のリアリティ

    小説の楽しみのひとつは、リアリティだ。特に世間擦れした大人にはストーリーもさることながら、違和感のない描写の方が大事だったりする。そのため小説家は、現実社会の取材を欠かさない。小説とは単に、個人の想像力だけでできるものではない。

    逆に、小説家の取材対象になりそうな人が、自ら筆を執ることもある。プロフェッショナルの世界に実際に生きる人が、自分の知識や体験を元に小説やエッセイを書くのである。

    他人に取材するまでもなく、エピソードは豊富に持ち合わせているし、描写のリアリティも高い。元銀行員が書いた小説が、ドラマ「半沢直樹」として大ヒットすることもある。そんな仕事人による作品が、『小説新潮』(2013.11)の特集「ザ・プロフェッショナル」に並んでいる。

    「社長になりたい」「起業に酔う」奴に脈はない

    筆者は、漫画編集者の長崎尚志氏、女性ヘッドハンターの櫻井八重氏、ウエディングプランナーの大和田浩子氏、個人投資家の山本一郎氏、ゲームクリエイターの稲船敬二氏、音楽プロデューサーの須藤晃氏、それに大手ゼネコン・前田建設ファンタジー営業部の7者だ。

    特殊な職業世界を垣間見られるもので、いずれも興味深い。就職を前にしている学生や、上記の業界に転職を希望している人には大いに参考になるだろう。

    特に起業を志している若者は、山本氏の「数字は踊る」を一読してもいい。

    投資家の岩崎は、若き医師のシゲルから医療ビッグデータ解析事業の相談を持ち込まれる。そこで旧知の製薬会社に出資依頼を持ち込むが、条件としていわくつきの問題案件との抱き合わせを提示される。事業化を急いだシゲルは、この話に応じてしまうが…。

    全体としてシゲルが経営者として成長していく一段階を描いたものだが、ストーリー以上に興味を引くのは、作中に挟まれる岩崎のモノの見方だ。最初に相談を持ち込まれた時、岩崎はシゲルに「本田さんは社長になりたいんですか?」と問う。

    このとき、「いえ、独立して、自分のやりたい仕事に没頭できるのであれば、それが一番」という返事を聞き、岩崎は「これなら脈はある」という感触を得る。その理由について、後にシゲルに聞かれた岩崎は、こう答えている。

    「社長になりたいから社長をやる人って、意外に多いんですよ。起業(スタートアップ)に酔う、って奴です」
    「勤め人から逃げたいって人や、女性にモテたいというような動機で独立する人、結構普通ですよ」

    もちろん、そんな生半可な動機では会社を経営することはできないし、投資もできない。文中で明かされる「『会社を経営する』とは、困難に直面して、孤独を味わい、自分ひとりで決断する作業の繰り返しなのである」とは、作者・山本氏の認識そのものではないだろうか。

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    プロフェッショナルの書き物はもっと増えていい

    その他にも山本氏は作中に、ベンチャーを立ち上げ、経営していく上でつまずきやすい部分を、さりげなく混ぜ込んでいる。資金繰りや契約書、社員の雇用から経理処理、株式の割合など。小説では、資金の不正流出に悩まされる場面もある。

    「友達感覚で社員を増やし、固定費が賄えず潰れるベンチャーは沢山ある。これらを俗に『会社ごっこ』という」
    「理想に燃えて煌めくような野心を両手に掲げたベンチャー企業が、不快と不満のどす黒い連合体に変わっていく。そして、責任の押し付け合い」
    「一攫千金の夢に惹かれてやってくる者は激務に疲れて簡単に辞めていく」

    こんな記述を読んで、過去の失敗を苦々しく思い出したり、現状の事態に似ていることに驚く人もいるはずだ。また、ほとんどの投資家が持っている「起業(スタートアップ)というのはたいてい成功しない」という認識や、その上で「ファンドはなぜ、八割以上外れるリスクのあるベンチャー投資をするのか?」という疑問への答えも、働く人の興味を引くだろう。

    バブル崩壊前の週刊誌には、お気楽OLたちのオフィスライフが必ず描かれていて、おじさんたちの娯楽となっていた。しかしいまや情報セキュリティが厳しくなり、働く人も自分の雇用確保に真剣に向き合っているので、内部事情を外に出すことが難しくなっている。

    そんな中で、ある程度のステイタスを得た仕事人が実名を出し、小説仕立てでプロフェッショナルの世界を描くことは、もっとあってもいいのではないだろうか。

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