HONDA創業者・本田宗一郎の夢を叶えた小型飛行機「ホンダジェット」が待望の完成 2015年5月1日 キャリコネNEWS ツイート ホンダが今年アメリカで発売する「ホンダジェット」は、ホンダが30年の歳月をかけて作り上げた7人乗りの小型飛行機だ。2015年4月28日放送の「ガイアの夜明け」(テレビ東京)は、「ホンダジェット」の開発秘話を独占取材していた。 ホンダにとって、飛行機の開発は創業者である本田宗一郎氏の悲願だ。大正時代、小学2年生だった宗一郎少年は自宅から20キロ離れた航空ショーを「父親の自転車をそっと持ち出して」見に行ったそうだ。それ以来、自分で作った飛行機を空に飛ばしたい、という夢を描き続けた。 30年にわたって米国で飛行機開発に携わる ホンダジェット開発者の藤野道格さん(54歳)は、東京大学・工学部航空学科を卒業後、1984年、本田技研工業に入社した。最初は自動車の開発をしていたが、入社3年目25歳の時に転機が訪れる。 1986年、ホンダが飛行機の研究開発を開始すると、藤野さんはプロジェクトに参加するよう命じられた。以来約30年にわたって飛行機開発を続け、長年家族と共にアメリカ暮らしだ。 2006年には「ホンダエアクラフトカンパニー」を設立し、藤野さんは社長に就任。4年後には試験用量産型1号機の初飛行に成功した。 アメリカは国土が広いため、仕事の移動手段に「ビジネスジェット」と呼ばれる小型飛行機を利用する。アメリカの建設関連会社オーナーは、飛行機を使う利点をこう話す。 「ビジネスジェットなら、全米中の得意先を1日に何軒も回れますよ。朝出かけたら夜には帰れる。他の交通手段では2~3日はかかってしまいます」 ビジネスジェットの世界市場は2兆6000億円にものぼり、アメリカでは約2万機保有されている。大型機で30億円、中型でも10~30億するが、ホンダが狙うのは4~10億円の小型ジェット機市場だ。「ホンダがやるからには、今までにない技術を盛り込んで今までにない価値をつけたい」と、藤野さんは試行錯誤を繰り返した。 すでに100機以上の注文。欧州展開も 1997年のある日、寝ている時にひらめいたことがある。すぐに電気をつけてアイデアをカレンダーの裏に書きとめた。通常、胴体にあるエンジンを、翼の上に置くという斬新なアイデアだ。 今までの常識からすればタブーな話だったが、ホンダの研究により、逆に空気抵抗が下がるということが発見され、「いける」となった。燃費はライバル会社のものより12~17%良くなった。 しかし「どこに置いてもいいというわけではなく、ここというポイントを探り当てるのが大変だった」と、藤野さんは開発の苦労を語る。このアイデアは、航空業界で権威ある賞をいくつも受賞し、アメリカで特許も取得した。 昨年10月に開かれた世界最大のビジネス航空機の展示会「NBAA2014」でお披露目し、試乗した地元企業の幹部だという男性は、こう絶賛した。 「素晴らしいですね。小さな飛行機に乗るとうるさくて疲れるのですが、快適な乗り心地でした。厳しくチェックしたけど、たぶん買うことになるでしょう」 すでに100機以上の注文が入っており、今後はヨーロッパにも販路を広げようとしている。 日本でも一般公開。目を輝かせる子どもたち 米・ノースカロライナ州のホンダエアクラフトカンパニー本社工場では、ホンダジェットの量産体制に入っていた。藤野さんは製造の現場を見て回り、従業員に気さくに話しかけていた。経営者でありエンジニアでもある藤野さんはこう語る。 「現場の人たちがどういうモチベーションでやっているのか、できるだけ自分の眼で見て話す。そういうことを大切にしています」 今年4月23日には、日本でも初めて一般に公開され、集まった観客は子どもからお年寄りまで「欲しい」「乗りたい」と目を輝かせて話していた。この子どもたちの中から、未来のエンジニアが生まれるかもしれない。(ライター:okei) あわせて読みたい:ガリバー、日本の良質な中古車をニュージーランドで販売開始
HONDA創業者・本田宗一郎の夢を叶えた小型飛行機「ホンダジェット」が待望の完成
ホンダが今年アメリカで発売する「ホンダジェット」は、ホンダが30年の歳月をかけて作り上げた7人乗りの小型飛行機だ。2015年4月28日放送の「ガイアの夜明け」(テレビ東京)は、「ホンダジェット」の開発秘話を独占取材していた。
ホンダにとって、飛行機の開発は創業者である本田宗一郎氏の悲願だ。大正時代、小学2年生だった宗一郎少年は自宅から20キロ離れた航空ショーを「父親の自転車をそっと持ち出して」見に行ったそうだ。それ以来、自分で作った飛行機を空に飛ばしたい、という夢を描き続けた。
30年にわたって米国で飛行機開発に携わる
ホンダジェット開発者の藤野道格さん(54歳)は、東京大学・工学部航空学科を卒業後、1984年、本田技研工業に入社した。最初は自動車の開発をしていたが、入社3年目25歳の時に転機が訪れる。
1986年、ホンダが飛行機の研究開発を開始すると、藤野さんはプロジェクトに参加するよう命じられた。以来約30年にわたって飛行機開発を続け、長年家族と共にアメリカ暮らしだ。
2006年には「ホンダエアクラフトカンパニー」を設立し、藤野さんは社長に就任。4年後には試験用量産型1号機の初飛行に成功した。
アメリカは国土が広いため、仕事の移動手段に「ビジネスジェット」と呼ばれる小型飛行機を利用する。アメリカの建設関連会社オーナーは、飛行機を使う利点をこう話す。
ビジネスジェットの世界市場は2兆6000億円にものぼり、アメリカでは約2万機保有されている。大型機で30億円、中型でも10~30億するが、ホンダが狙うのは4~10億円の小型ジェット機市場だ。「ホンダがやるからには、今までにない技術を盛り込んで今までにない価値をつけたい」と、藤野さんは試行錯誤を繰り返した。
すでに100機以上の注文。欧州展開も
1997年のある日、寝ている時にひらめいたことがある。すぐに電気をつけてアイデアをカレンダーの裏に書きとめた。通常、胴体にあるエンジンを、翼の上に置くという斬新なアイデアだ。
今までの常識からすればタブーな話だったが、ホンダの研究により、逆に空気抵抗が下がるということが発見され、「いける」となった。燃費はライバル会社のものより12~17%良くなった。
しかし「どこに置いてもいいというわけではなく、ここというポイントを探り当てるのが大変だった」と、藤野さんは開発の苦労を語る。このアイデアは、航空業界で権威ある賞をいくつも受賞し、アメリカで特許も取得した。
昨年10月に開かれた世界最大のビジネス航空機の展示会「NBAA2014」でお披露目し、試乗した地元企業の幹部だという男性は、こう絶賛した。
すでに100機以上の注文が入っており、今後はヨーロッパにも販路を広げようとしている。
日本でも一般公開。目を輝かせる子どもたち
米・ノースカロライナ州のホンダエアクラフトカンパニー本社工場では、ホンダジェットの量産体制に入っていた。藤野さんは製造の現場を見て回り、従業員に気さくに話しかけていた。経営者でありエンジニアでもある藤野さんはこう語る。
今年4月23日には、日本でも初めて一般に公開され、集まった観客は子どもからお年寄りまで「欲しい」「乗りたい」と目を輝かせて話していた。この子どもたちの中から、未来のエンジニアが生まれるかもしれない。(ライター:okei)
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