「好き嫌い」だけで人を評価するリスク イエスマンを部下に集めても失敗する 2015年5月8日 キャリコネNEWS ツイート サラリーマンである以上、社内での評価は高ければ高いほどいいですよね。しかし人の評価ほど曖昧なものはありません。人が人を評価するということは、好き嫌いの感情がどこかで入るように思います。 仮に評価する側の人に、そんなつもりはなかったとしても、周囲にそのように思われてしまうこともあるでしょう。組織にいる全員から納得される人事は難しいことかもしれませんが、やはり能力で評価することを忘れてはなりません。(文:ナイン) 部長の「思い通りの組織」ができたと思ったが 私がワタミで働いていた頃、上司としてWという部長が異動でやってきました。身長が180センチほどで体格がよく、運動部の顧問のような厳しい人でした。就任してしばらくすると徐々に課長クラスの異動が始まり、1年経つ頃には課長の顔ぶれはほぼ一新されました。 異動していった人たちと新任の人たちを見ていると、あることに気が付きました。課長は若い新任が多く、それもW部長が過去に直接指導してきた、彼の腹心である直属の部下だった人が多かったのです。 一方で飛ばされた課長たちは、W部長と関わりが薄い人。それからW部長より社歴が長く、「先輩だけど部下になった、扱いにくいであろう」課長たちでした。 新任の課長がみんなの前で発表されたとき、私の上司の店長は「結局、W部長のやりやすい人だけ残ったな」とボソッと私に言ったことも印象的でした。こうしてW部長は、自分の思い通りの部署を結成したのです。 しかし、この体制はうまく機能しませんでした。新任の課長が多く、業務に不慣れな人が多かったこともあり、仕事が滞り始めたのです。 「冷遇された」と感じた元部下たちが非協力の態度に 定例報告会に必要な資料の作成が間に合わず、急に中止になったり、課長から店舗への定時の連絡が来なかったりと、現場とのコミュニケーションが徐々に疎遠になりました。 もちろん課長の経験不足ということから見れば、これは仕方のない部分ではありました。現場から歩み寄ることができる部分もあり、ある程度は大目に見てもよいという考えもあったと思います。 しかし、そのようなミスは見過ごされませんでした。後輩たちに追い抜かれて課長になれなかった社員たちは不満を募らせ、愚痴を漏らし始めました。 「社歴ならA課長より俺の方が長いのに」 「W部長に可愛がられていれば、それだけで出世できるのかよ」 「結局、力量不足のくせに課長になったからうまくいかないんだ」 そんな形で現場の社員たちとの間に溝ができ、次第に課長が店舗に顔を出すことも少なくなり、店と管理職のコミュニケーションが悪化していったのです。 危機にあって「一致団結」できずに解体 こうした時期に運悪く東日本大震災が起こり、外食産業全体の売上が一気に急落しました。このときに一致団結して事に当たればなんとかできたのかもしれませんが、売上不振の問題を処理しきれず、W部長が作った部署は1年持たず解体。部長自身も降格になりました。 本来の組織のルールであれば、不慣れな課長を部下たちが支えるべきだったのかもしれません。しかしいくら頑張っても、評価されるのはW部長とその子飼いの人間だけと分かっている中で、協力する人はいないでしょう。 もちろん、組織をスピーディに動かしやすくするために、自分の意図を伝えやすい人を周囲に置く方法自体はありえます。現場が課長の言うことを聞かなければ、W部長自らが反逆者を厳しく叱咤し処分する方法もあったかもしれません。 ただし「仕事ができるか」「現場を動かせるか」という実力を度外視し、単なる好き嫌いや扱いやすさだけで周囲を固めたのであれば、失敗しても当然。力があるのであれば、時には扱いにくい部下も重用し、うまく使っていく手腕も求められると思います。 あわせてよみたい:「愛される上司」になるための3つのポイントとは
「好き嫌い」だけで人を評価するリスク イエスマンを部下に集めても失敗する
サラリーマンである以上、社内での評価は高ければ高いほどいいですよね。しかし人の評価ほど曖昧なものはありません。人が人を評価するということは、好き嫌いの感情がどこかで入るように思います。
仮に評価する側の人に、そんなつもりはなかったとしても、周囲にそのように思われてしまうこともあるでしょう。組織にいる全員から納得される人事は難しいことかもしれませんが、やはり能力で評価することを忘れてはなりません。(文:ナイン)
部長の「思い通りの組織」ができたと思ったが
私がワタミで働いていた頃、上司としてWという部長が異動でやってきました。身長が180センチほどで体格がよく、運動部の顧問のような厳しい人でした。就任してしばらくすると徐々に課長クラスの異動が始まり、1年経つ頃には課長の顔ぶれはほぼ一新されました。
異動していった人たちと新任の人たちを見ていると、あることに気が付きました。課長は若い新任が多く、それもW部長が過去に直接指導してきた、彼の腹心である直属の部下だった人が多かったのです。
一方で飛ばされた課長たちは、W部長と関わりが薄い人。それからW部長より社歴が長く、「先輩だけど部下になった、扱いにくいであろう」課長たちでした。
新任の課長がみんなの前で発表されたとき、私の上司の店長は「結局、W部長のやりやすい人だけ残ったな」とボソッと私に言ったことも印象的でした。こうしてW部長は、自分の思い通りの部署を結成したのです。
しかし、この体制はうまく機能しませんでした。新任の課長が多く、業務に不慣れな人が多かったこともあり、仕事が滞り始めたのです。
「冷遇された」と感じた元部下たちが非協力の態度に
定例報告会に必要な資料の作成が間に合わず、急に中止になったり、課長から店舗への定時の連絡が来なかったりと、現場とのコミュニケーションが徐々に疎遠になりました。
もちろん課長の経験不足ということから見れば、これは仕方のない部分ではありました。現場から歩み寄ることができる部分もあり、ある程度は大目に見てもよいという考えもあったと思います。
しかし、そのようなミスは見過ごされませんでした。後輩たちに追い抜かれて課長になれなかった社員たちは不満を募らせ、愚痴を漏らし始めました。
そんな形で現場の社員たちとの間に溝ができ、次第に課長が店舗に顔を出すことも少なくなり、店と管理職のコミュニケーションが悪化していったのです。
危機にあって「一致団結」できずに解体
こうした時期に運悪く東日本大震災が起こり、外食産業全体の売上が一気に急落しました。このときに一致団結して事に当たればなんとかできたのかもしれませんが、売上不振の問題を処理しきれず、W部長が作った部署は1年持たず解体。部長自身も降格になりました。
本来の組織のルールであれば、不慣れな課長を部下たちが支えるべきだったのかもしれません。しかしいくら頑張っても、評価されるのはW部長とその子飼いの人間だけと分かっている中で、協力する人はいないでしょう。
もちろん、組織をスピーディに動かしやすくするために、自分の意図を伝えやすい人を周囲に置く方法自体はありえます。現場が課長の言うことを聞かなければ、W部長自らが反逆者を厳しく叱咤し処分する方法もあったかもしれません。
ただし「仕事ができるか」「現場を動かせるか」という実力を度外視し、単なる好き嫌いや扱いやすさだけで周囲を固めたのであれば、失敗しても当然。力があるのであれば、時には扱いにくい部下も重用し、うまく使っていく手腕も求められると思います。
あわせてよみたい:「愛される上司」になるための3つのポイントとは