働く人々を使い潰す“やりがい搾取”
ブラック企業の問題に対して、しばしば「どうして社員は辞めないのか?」という声が投げかけられます。転職への不安、金銭的余裕のなさ、上司からの不当な圧力といった要因もありますが、なかには「社員自身が自ら進んで、サービス残業や過重労働に従事している」というケースもあります。
こうしたケースの背景には“やりがい搾取”という罠があるかもしれません。やりがい搾取とは何か、労働者はどう対応するべきか、考えてみましょう。
“やりがい搾取”とは何か?
やりがい搾取とは、従業員が“やりがい”という報酬の名のもとに、労働力を不当に搾取されている状態・構造を指します。この概念は、教育社会学者である東京大学教授・本田由紀氏が2007年に提唱しました。例えば、以下のような気持ちで働いている労働者は、経営者側の仕掛けた“やりがい搾取”の構造に組み込まれている可能性があります。
・好きな仕事ができるんだから、低賃金でもかまわない!
・サービス残業でもこの仕事は自分の成長に役立つ!
・お客様や仲間たちのためであれば、長時間労働でも問題ない!
確かにこのような姿勢で働く労働者は、自ら進んで仕事に取り組み、充実した生活を送っているように見えます。しかしその一方で、業務内容に見合った給与・待遇、残業代など具体的な報酬、適切な労働環境が与えられることはなく、労働者は“やりがい”や“自己の成長”の名のもとに、心身がすり減るまで酷使されていきます。
“やりがい搾取”がもたらす問題
やりがい搾取で労働力をコントロールしている会社は、一見すると従業員と経営層がうまくマッチしているように見えます。ですが、いざ従業員が昇給を要求したり、怪我・病気・出産・育児などで休暇制度を利用したりすると、経営者側からは「お前はカネのために働いているのか!」「働けない人間はいらない!」といった反応が返ってきます。
また、やりがいが報酬という状況は、“働くために働く”という悪循環を生みます。適度な休憩・休暇を取ることでさえ悪と見なされるため、社員も「休むなんてもってのほかだ」と考えるようになります。結果的に心身が疲労にむしばまれていき、過労・心労で健康を害することになるのです。
経営者がほしいのは、あくまで「低賃金で文句を言わずに働いてくれる人」だけなので、たとえ業務をきちんとこなしていても、上司の意向に反する人、一時的でも働けない人には威圧的に接してくるのです。「会社に言われるまま働いてきたけど、一向に賃金は上がらない」「働き過ぎて体を壊したら、一方的に即時解雇された」……。やりがい搾取の構造に組み込まれてしまうと、こうした不利益を被ることもあるでしょう。
また、やりがい搾取企業は人件費を無理やり削減しているため、従業員に利益が還元されません。働いても給与の増えない労働者層(ワーキングプア)を生み出し、ゆくゆくは健全な経済活動を阻害することになります。
“やりがい搾取”企業を見抜くポイント
やりがい搾取を強いる企業は、表面だけ見ると「社員の成長を考える会社」「やりがいをもって働ける会社」に見えます。そのため、やりがい搾取の企業を見抜くには、いくつかのポイントに着目する必要があります。以下の視点から企業を判断してみましょう。
- 労働基準法をはじめとした法律を順守する意識があるか?
- 社員の昇給・昇格に関する制度があるか? また社員の昇給・昇格に意欲的か?
- 同じ業務をおこなう他社と比較して、妥当な額の賃金が支払われているか?
- 経営層(経営者や役員)だけが極端に高額な賃金を得ていないか?
- 個々の社員の意見を聞くスタンスを持っているか?
- 労働環境、社内制度、社内設備などの改善に積極的か?
上記の観点から見たとき、企業の労働環境や会社の方針に疑問・懸念が残るようであれば、その企業は“やりがい”の名のもとに労働者を搾取しているのかもしれません。
やりがいをもって働けることは素晴らしいことですが、それには適切な給与・待遇が実現されていることが前提です。会社が社員を使い潰す現状を、「やりがい」「成長」「自己実現」といった美辞麗句で覆い隠していないか、しっかりチェックしていくことが求められそうです。