医療情報システムエンジニアになるには? 今求められるスキルと転職成功のポイント
医療のデジタル化が急速に進む中、電子カルテや医療情報システムの開発・運用を担う医療情報システムエンジニアの需要が高まっています。医療DXの推進により、病院や診療所ではシステム導入が進み、これを支える技術者の不足が顕著になっています。
しかし、医療情報システムエンジニアは一般的なITエンジニアとは異なり、医療現場の業務プロセスや医療情報の規格、厳格なセキュリティ要件など、業界特有の知識が求められます。今回は、医療情報システムエンジニアに必要なスキルや知識、そして未経験から転職を成功させるためのポイントについて解説します。
医療情報システムエンジニアの仕事内容と市場価値
医療情報システムエンジニアは、病院や診療所、検査センターなどで使用される情報システムの開発・導入・保守を担当する専門職です。医療現場特有の要件を理解し、適切なシステム構築が求められます。
1. 医療情報システムの種類と特徴
医療情報システムは主に以下のようなシステムに分類されます。
電子カルテシステム:患者の診療記録を電子的に管理するシステムです。紙カルテと異なり、複数の医療従事者が同時に参照できるほか、検査結果や処方内容などを一元管理できるメリットがあります。導入率は大病院ではほぼ100%近くに達していますが、中小規模の医療機関ではまだ紙カルテを使用しているところも少なくありません。
オーダリングシステム:医師の指示(オーダー)を電子的に伝達するシステムです。検査や投薬、処置などの指示を関連部門に正確に伝えることで、業務の効率化とミス防止につながります。
医事会計システム:診療報酬の計算や保険請求業務を行うシステムです。日本の複雑な医療保険制度に対応する必要があり、定期的な制度改定への対応も重要な業務となります。
地域医療連携システム:複数の医療機関で患者情報を共有するためのシステムです。患者が異なる医療機関を受診した際に、検査の重複を避けたり、処方薬の重複を防いだりする役割があります。
これらのシステムは単独で稼働することもありますが、最近では相互に連携して統合的に運用されることが多くなっています。
2. なぜ今、医療情報システムエンジニアが求められているのか
医療情報システムエンジニアの需要が高まっている背景には、いくつかの要因があります。
政府による医療DX推進政策:2021年に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、医療・介護分野のデジタル化が重点項目として掲げられました。また、2024年から本格化する医療情報の標準化やデータ連携基盤の整備に伴い、システム更新需要が高まっています。
医療機関の業務効率化:医師や看護師の働き方改革が進む中、限られた人員で質の高い医療を提供するためには、IT活用による業務効率化が不可欠となっています。
新たな医療技術の登場:コロナ禍をきっかけに普及が進んだオンラインによる遠隔診療や、画像診断支援AIなど、新たな技術を取り入れたシステム開発・運用の需要が増えています。
既存システムの更新需要:2000年代初頭に導入された第一世代の電子カルテシステムが更新時期を迎え、クラウド化やモバイル対応など、最新技術を取り入れたシステムへの移行が進んでいます。
3. 年収相場と将来性
医療情報システムエンジニアの年収は、経験やスキル、勤務先によって大きく異なります。
一般的に、医療系SIerや医療情報システムベンダーでは、経験3年未満の若手エンジニアで400〜500万円程度、経験5年以上のミドルクラスで500〜600万円程度となることが多いようです。病院の情報システム部門に所属する場合は、病院の給与体系に準じるため、民間企業よりもやや低めになる傾向があります。
ただし、医療現場の業務知識と開発スキルの両方を持つ人材は希少なため、経験を積むことで年収アップの可能性は十分にあります。特に、プロジェクトマネージャーや医療情報技師などの資格を持つ上級エンジニアは、700万円以上の年収を得ている例も少なくありません。
将来性については、高齢化社会の進展や医療DXの加速により、今後も安定した需要が見込まれています。特に、遠隔医療やAI活用、医療ビッグデータ分析などの新領域では、専門性の高いエンジニアの需要が高まると予測されています。
習得すべき3つの専門スキル
医療情報システムエンジニアとして活躍するためには、一般的なITスキルに加えて、医療分野特有のスキルを習得する必要があります。ここでは特に重要な3つのスキルを紹介します。
1. 医療業務知識とワークフロー理解
医療情報システムの開発・導入において最も重要なのは、医療現場の業務プロセスを理解することです。
医療機関の組織構造と役割分担:病院には診療部門(内科、外科など)、中央診療部門(検査部、放射線部など)、看護部門、事務部門など様々な部門があり、それぞれの役割と連携を理解する必要があります。
診療プロセス:患者の受付から診察、検査、処方、会計までの一連の流れを理解することが重要です。特に、外来診療と入院診療ではプロセスが大きく異なるため、それぞれの特徴を把握しておく必要があります。
医療文書の種類と役割:診療録(カルテ)、処方箋、看護記録、検査伝票など、様々な医療文書の目的と記載内容を理解することが求められます。
医療保険制度:日本の医療保険制度(健康保険、後期高齢者医療制度など)の基本的な仕組みや、診療報酬請求の流れを理解しておくことも重要です。
これらの知識がないと、ユーザー(医師や看護師など)のニーズを正確に理解できず、使い勝手の悪いシステムを作ってしまう恐れがあります。例えば、救急外来と一般外来では業務の流れが全く異なるため、それぞれの特性に合わせたシステム設計が求められます。
2. 医療情報規格と連携技術
医療情報システムでは、様々なシステム間でデータを連携する必要があるため、標準規格の知識が重要です。
HL7(Health Level Seven):医療情報交換のための国際標準規格です。患者情報や検査結果などの臨床データを異なるシステム間で交換する際に使用されます。日本ではHL7 FHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)という最新規格の導入が進んでいます。
DICOM(Digital Imaging and Communications in Medicine):医用画像の保存・通信のための標準規格です。CT、MRI、エコーなどの画像データを扱うPACS(医用画像管理システム)では必須の知識となります。
SS-MIX2(Standardized Structured Medical record Information eXchange):厚生労働省が推進する診療情報の標準化規格です。異なる医療機関間でのデータ連携に活用されています。
JAHIS標準:一般社団法人保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)が定める国内の標準規格です。電子カルテやレセプト(診療報酬明細書)などの規格が定められています。
これらの規格に準拠したシステム開発ができると、他システムとの連携がスムーズになり、将来的なシステム拡張や移行も容易になります。
3. 医療特有のセキュリティとプライバシー対応
医療情報は「要配慮個人情報」として、特に厳格なセキュリティ対策が求められます。
医療情報システムのセキュリティガイドライン:厚生労働省が定める「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」の理解は必須です。このガイドラインでは、技術的・物理的・人的セキュリティ対策について詳細に規定されています。
アクセス制御:医療情報へのアクセスは職種や役割に応じて適切に制限する必要があります。例えば、医師は全患者の診療情報にアクセスできる一方、検査技師は検査に関する情報のみにアクセスできるといった制御が必要です。
監査ログ管理:誰がいつどのような情報にアクセスしたかを記録し、不正アクセスの検知や追跡ができる仕組みが求められます。
バックアップと災害対策:医療情報は患者の生命に関わるため、システム障害や災害時でもデータが失われないよう、適切なバックアップと復旧手順を設計する必要があります。
匿名化・仮名化技術:研究目的などでデータを二次利用する際には、個人を特定できないよう適切に加工する技術も重要です。
これらのセキュリティ対策を適切に実装できるかどうかが、医療情報システムエンジニアとしての価値を大きく左右します。
医療知識の実践的な学習法
医療情報システムエンジニアとして活躍するためには、IT知識だけでなく医療知識も必要です。ここでは、医療知識を効率よく学ぶための方法を紹介します。
1. 医療の基礎から学ぶ実用的な方法
医療知識の習得は、まず基礎から始めることが重要です。
医療用語の理解:カルテに記載される略語や専門用語は非常に多いため、基本的な医療用語集を一冊持っておくと便利です。「医学略語辞典」や「ステッドマン医学大辞典」などが参考になります。
解剖学・生理学の基礎:人体の構造や機能について基本的な知識を持っておくと、医療業務の理解が深まります。初学者向けの「カラー図解 人体の正常構造と機能」などの入門書がおすすめです。
医療現場の見学:可能であれば、実際の医療現場を見学することが最も理解を深める方法です。医療情報システムベンダーであれば、顧客先での打ち合わせや導入支援の機会を活用しましょう。
医療ドキュメンタリーや医療ドラマの視聴:NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」の医師編や「ドクターG」などの番組は、医療現場の雰囲気や業務の流れを理解するのに役立ちます。
医療機関のウェブサイト閲覧:大学病院など大規模医療機関のウェブサイトには、各診療科の説明や診療フローが掲載されていることがあり、基本的な知識を得るのに役立ちます。
これらの学習を通じて、医療現場の基本的な用語や流れを理解することが、システム開発の第一歩となります。
2. 業界特化型の資格取得
医療情報に関連する資格は、体系的に知識を学ぶのに役立ちます。代表的な資格としては以下のようなものがあります。
医療情報技師:一般社団法人日本医療情報学会が認定する資格で、医療情報システムの企画・開発・運用・保守に必要な知識を証明するものです。医療情報システムエンジニアのキャリアパスとして最もポピュラーな資格と言えます。
診療情報管理士:一般社団法人日本病院会が認定する資格で、診療記録の管理や医療統計の作成などを行う専門職の資格です。医療現場の業務フローを理解するのに役立ちます。
保健医療情報分析アドミニストレータ:厚生労働省が創設した比較的新しい資格で、医療ビッグデータの分析やシステム企画を行う人材を育成します。
情報セキュリティマネジメント試験:ITセキュリティの基本知識を証明する国家資格です。医療情報のセキュリティ管理に必要な基礎知識を習得できます。
これらの資格は、転職時のアピールポイントになるだけでなく、体系的に知識を習得する機会にもなります。特に医療情報技師は、医療とITの両方の知識をカバーしており、医療情報システムエンジニアを目指す方には最適な資格と言えるでしょう。
3. 実務経験を補完する方法
未経験者が医療業務の知識を得るには、実務に近い形で学ぶことが大切です。
オープンソースの医療情報システムの活用:OpenEHRやOpenMRSなどのオープンソースの電子カルテシステムを実際に触ってみることで、医療情報システムの構造や機能を学ぶことができます。
医療情報学会などへの参加:日本医療情報学会の年次大会や地方会に参加することで、最新の医療情報システムの動向や課題を知ることができます。また、現場のエンジニアや医療従事者との交流の機会にもなります。
医療情報関連のウェビナーやオンライン講座:最近では、医療DXやAI医療などをテーマにしたウェビナーが多く開催されています。無料で参加できるものも多いので、積極的に活用しましょう。
医療系スタートアップへの関与:週末起業やアルバイトなどの形で、医療系スタートアップのシステム開発に関わることも、実践的な知識を得る良い機会となります。
これらの活動を通じて、実務経験がなくても医療情報システムの基本的な知識や最新動向を学ぶことができます。また、同じ志を持つ仲間や先輩エンジニアとのネットワークを作ることも、キャリア形成において重要です。
未経験からの転職成功法
医療情報システムエンジニアへの転職を考えている方に、成功のポイントを紹介します。
1. 強みとなるスキルの見極め方
未経験からの転職では、自分の強みを明確にすることが重要です。医療情報システムエンジニアとして評価される強みには、以下のようなものがあります。
基幹系システム開発経験:銀行や保険など他の業界の基幹系システム開発経験は、医療の基幹系システム(電子カルテなど)の開発にも活かせます。特に、高い信頼性や可用性が求められるシステム開発の経験は大きな強みになります。
データベース設計・運用経験:医療情報システムは大量のデータを長期間保存・管理する必要があるため、データベースに関する知識や経験は重宝されます。
セキュリティ関連の知識:個人情報保護やセキュリティ対策の知識・経験は、機密性の高い医療情報を扱う上で非常に価値があります。
ユーザーインターフェース設計経験:医師や看護師など忙しい医療従事者が使いやすいUIを設計できる能力は、医療情報システムの成否を左右する重要なスキルです。
これらのスキルをポートフォリオとしてまとめ、自分の強みを明確にしておくことで、面接での説明もしやすくなります。
2. 良い転職活動の進め方
医療情報システムエンジニアへの転職では、一般的な転職活動とは少し異なるアプローチが有効です。
医療IT専門の転職エージェントの活用:医療IT業界に特化した転職エージェントを利用することで、一般の求人サイトには出ていない案件を紹介してもらえる可能性があります。
医療情報システムベンダーへのアプローチ:電子カルテシステムやレセプトシステムを提供している企業への転職が、医療IT業界への入り口として最も現実的です。主要ベンダーとしては、富士通Japan、NEC、日立製作所などの大手IT企業のほか、ソフトウェアサービス、オープンソースなどの医療専門ソフトハウスがあります。
SIerの医療部門を狙う:大手SIerの中には、医療・ヘルスケア専門の部門を持つ企業もあります。まずはそこで経験を積み、将来的に専門性を高めていくというキャリアパスも考えられます。
医療機関の情報システム部門への転職:大学病院などの大規模医療機関では、独自の情報システム部門を持っているところもあります。ユーザー側の視点からシステムに関わることで、より現場に近い経験を積むことができます。
転職活動を始める前に、医療IT業界の構造や主要プレイヤーについて十分にリサーチしておくことが成功への第一歩です。
3. 面接で評価されるポイント
医療情報システムエンジニアの面接では、技術力だけでなく以下のような点も重視されます。
医療業界への関心と理解:なぜ医療IT分野に興味を持ったのか、医療業界の課題をどう捉えているかなど、志望動機と業界理解が問われます。日頃から医療ニュースやヘルスケアトレンドをチェックしておくとよいでしょう。
コミュニケーション能力:医療情報システムの開発では、医師や看護師など専門知識を持つユーザーとの折衝が必要です。専門用語を理解し、かつ分かりやすく説明できる能力が求められます。
問題解決能力:医療現場は予測不能な状況が多く、臨機応変な対応が求められます。過去の経験から、どのように問題を解決してきたかを具体的に説明できると評価されます。
長期的な視点:医療情報システムは一度導入すると長期間使用されるため、将来の拡張性や保守性を考慮した設計ができるかどうかも重要なポイントです。
面接前には、志望する企業が提供している医療情報システムの特徴や強みについて調べておくことも大切です。企業のウェブサイトや製品パンフレットだけでなく、ユーザー事例なども参考にするとよいでしょう。
これからの医療情報システムエンジニアに求められる視点
医療情報システムエンジニアは、ITスキルと医療知識を併せ持つ専門性の高い職種です。高齢化社会の進展や医療DXの加速により、今後もニーズが高まることが予想されます。価値ある人材になるためには、自身のITスキルを磨くことはもちろん、医療現場の課題や業務フローへの理解を深めることが重要です。
医療機関が真に求めているのは、技術だけでなく、その技術を使って医療の質と効率を高められる人材です。システム開発の知識と医療現場の理解を橋渡しできるエンジニアは、今後ますます重宝されるでしょう。また、遠隔医療やAI診断支援など新たな技術への対応力も求められています。
専門性と実務知識を組み合わせることで、社会的意義の高いエンジニアとしてのキャリアを築くことができるでしょう。