日本の雇用制度が変わる?「定年制廃止」の背景と課題点
今年10月、70歳以上でも働くことができる企業の割合が2割を超え約3万社になったことを厚生労働省が発表しました。少子高齢化が進む中で、企業の労働力の担い手として有力視されているのが高齢者なのです。
ある程度の必要な知識・技能を十分に身につけており、社会人経験の豊富な高齢者は、企業を支える重要な人材として注目されています。その流れから登場したのが、「定年制の廃止」の議論です。この定年制廃止議論の背景やメリット課題点を解説します。
定年制廃止論が登場した背景
定年制廃止の裏には、企業が若年労働力を確保しづらくなったという状況があります。少子高齢化にプラスし、若者の離職率の高さや海外企業への就職の加速など、若者を雇い入れることが難しくなっているのです。さらに、2013年に施行された改正高齢者雇用安定法も、定年制廃止の議論を加速させる背景にあります。年齢にかかわらず、働きたい人が働き続けることができる「生涯現役社会」の実現をねらっているのです。また、安倍内閣が発表した「1億総活躍社会」の具現化においても、高齢者雇用が合致しています。
海外の状況を見ると、1987年にはアメリカ、2011年にはイギリスで定年制が廃止になっています。こうした動向も日本の定年制廃止を後押しする要因となっています。
定年制廃止のメリット
定年制廃止のメリットを、企業側と労働者(高齢者)側の両面から考えていきましょう。
<企業側>
- これまで習得してきた知識・技能・経験を仕事の中で生かし続けられる
- 人材育成費用を削減(あるいは先送り)できる
- スキルやノウハウの継承がスムーズになる
<労働者(高齢者)>
- 働き続けたい意欲を満たすことができる
- 年金給付年齢の引き上げがなされても生活が困窮しなくなる
- キャリアプランを多様に考えられるようになる
定年制廃止の最大の利点は、高齢者の経験に裏打ちされたノウハウ・技能を企業のなかで生かし続けられることでしょう。これは、高齢者側のなかでも期待している人が少なくないといえます。仕事を引退することにより心身ともに老け込んでしまう高齢者は意外と多いもの。意欲ある人は年齢に関係なく働き続けられるような制度を整えることが、求められているといえそうです。
また、企業にとっては毎年毎年、定年退職者の分新人を採用しなければいけないというサイクルからは解放されることになるでしょう。もちろん、高齢者が永続的に働けるわけではないので、いつかは新人採用・教育も行わなければいけませんが、自社の景気を見て先送りする判断などがしやすくなるといえそうです。また、年金の受給年齢引き上げが検討されるなか、「稼げるうちは稼ぐ」という意味でメリットがあるのです。
定年制廃止を実現する上での課題
一方で、課題も指摘されています。どんな議論がなされているのでしょうか?
- 高齢者を雇用し続けることで、若者の就職難が加速するのではないか
- 高齢者を安いコストで働かせる企業が増加するのではないか
- 高齢者に過酷な労働が課せられるのではないか
- 仕事を引退するという選択肢を奪うことにつながるのではないか
今まで若者を採用することで賄っていた仕事を高齢者が担うようになると、若年者の就職難がさらに加速することも考えられます。こうした指摘に対しては、「高齢者には高齢者ならではの仕事、若者には若者の仕事」と切り分けて考えることによって、問題をクリアできるという研究者もいます。たしかにそれが実現できれば、高齢者が安いコストで働かされたり、過酷な労働条件を強いられたりすることもなくなるでしょう。しかし、実際にどれほどの企業で「高齢者用」と「一般社員用」で仕事を切り分けられるかは微妙なところがありそうです。
なお、ある調査では、定年なく働き続けたいと考える層は60歳以上の約40%程度という数字が示されています。ここからもわかるとおり、「定年して悠々自適な生活を送りたい層」も多いのです。こうした人たちの意向が反映されなくなるということも懸念されるでしょう。
社会の要請と高齢者の意向を加味して、今後制度の設計がどう進められていくのか。自分ごととして見守っていく必要がありそうです。(ライター:香山とも)