法改正で変わった?「不本意非正規」から正社員への道
現在、雇用者の3人に1人は「非正規雇用」で働いているといわれます。この中には、本来なら正社員として働きたいにもかかわらず、様々な理由から非正規雇用を選ばざるを得ない人々が存在します。
「不本意非正規」は、個人の生活や将来設計に大きな影響を与えるだけでなく、社会全体の安定性や経済成長にも関わる重要な課題となっています。今回は、「不本意非正規」から抜け出す具体的な方法について、最新の法改正や支援制度、そして実践的なアプローチに焦点を当てて解説します。
「不本意非正規」問題とは何か
総務省の「労働力調査」(2024年6月分)によると、非正規雇用の割合は雇用者全体の36.6%を占め、前年同月の37.0%から0.4ポイント微減しています。この中には、労働時間や収入の面から自ら希望して非正規として働く人も含まれています。
不本意非正規雇用者の割合は、非正規雇用者全体の16.7%。雇用者全体の6%あまりで、割合としては高いといえませんが、不満を抱いている人は少なからずいることが考えられます。
外部サイト:総務省|労働力調査
1.生活設計やキャリア形成面の問題
「不本意非正規」の問題点で最も大きいのは「低賃金」です。非正規社員は正社員と比べて時給が低く、年収も大きく差がついています。これは生活の質や将来の資産形成に大きな影響を与えます。正社員と比べて「不安定な雇用」で、契約更新の不安や突然の雇止めのリスクがあり、長期的な生活設計が立てにくい状況にあります。
「限られたキャリアアップの機会」も問題で、多くの場合、能力開発やスキルアップの機会が少なく、キャリアの発展が困難です。「非正規」というラベルが、社会的な評価や自己評価にネガティブな影響を与えるおそれもあります。
2.社会保障面の問題
非正規雇用は、社会保障面でも大きな影響があります。厚生年金に加入できない場合、将来の「年金」の額が少なくなる可能性があります。
社会保険に加入できない場合には「国民健康保険」に加入することになり、保険料の負担が大きくなる可能性があります。「雇用保険」についても一定の条件を満たさない場合、失業給付を受けられない可能性があります。
これらの問題は個人の努力だけでは解決が難しく、社会全体で取り組むべき課題です。特に、長期的に「不本意非正規」の状態が続くことで、個人の生活の質が低下するだけでなく、社会全体の生産性や経済成長にも悪影響を及ぼすおそれがあります。
「不本意非正規」問題に関する法改正
この問題を緩和するために、これまでいくつかの重要な法改正が行われています。最新のルールは厚生労働省が作成した「有期契約労働者の無期転換ポータルサイト」にまとめられていますが、最近の主な改正点は以下の通りです。
外部サイト:厚生労働省|有期契約労働者の無期転換サイト
1. 「同一労働同一賃金の原則」の導入
2020年4月1日(中小企業は2021年4月1日)から施行された働き方改革関連法により、同一企業内での正規・非正規雇用労働者間の不合理な待遇差が禁止されました。不本意非正規の方にとって、これは大きなポイントです。
パートタイム・有期雇用労働法では、賃金や賞与、各種手当、福利厚生などの待遇について、正社員との不合理な差別的取り扱いを禁止しています。また、厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」では、どのような待遇差が不合理であるかを具体的に示しています。
外部サイト:厚生労働省|同一労働同一賃金ガイドライン
2. 「無期転換ルール」の導入
労働契約法第18条に基づき、有期労働契約が更新されて通算5年を超えた場合、労働者の申込みにより、無期労働契約に転換できるルールが2013年4月から施行されています。
厚生労働省は「無期転換ルールハンドブック」や「無期転換ルールに対応するための取組支援ワークブック」を作成し、政策広報に努めています。
外部サイト:厚生労働省|無期転換ルールについて
3. 「雇用の透明性」を高めるための措置
2019年4月1日より、企業は労働契約の締結時に、労働条件を書面で明示することが義務付けられました。明示すべき内容には、従来の労働時間や賃金などに加え、「昇給の有無」「退職手当の有無」「賞与の有無」などが含まれます。有期労働契約の場合は「更新の基準」も明示する必要があります。
また、2020年4月1日(中小企業は2021年4月1日)より、非正規雇用労働者から求められた場合、企業は正社員との待遇差の内容とその理由を説明する義務があります。この説明は、書面の交付など、事後に確認できる方法で行う必要があります。
さらに、非正規雇用労働者に関する事項について就業規則を作成・変更する際は、その事業所の過半数代表者だけでなく、非正規雇用労働者の過半数代表者からも意見を聴く必要があります。
4. 非正規雇用者の正社員転換促進
「キャリアアップ助成金」や「トライアル雇用助成金」、人材開発支援助成金としての「特定求職者雇用開発助成金(就職氷河期世代安定雇用実現コース)」など、非正規雇用者の正社員転換を促進する助成金制度が設けられています。
また、厚生労働省は「多様な正社員及び無期転換ルールに係るモデル就業規則と解説」を作成して無期転換ルールの周知・啓発を行い、企業の取り組みを支援しています。
外部サイト:厚生労働省|多様な正社員
「不本意非正規」から抜け出す実践アプローチ
さまざまな法改正や制度上の支援策が増える中で、個人として取るべくアクションにはどのようなものが考えられるのでしょうか。
1.勤務先の「正社員転換制度」を利用する
まずは現在の勤務先に「正社員転換制度」がないか確認しましょう。制度がある場合は、人事部門に詳細を確認し、上司にも相談してみましょう。日頃から正社員と同等の責任ある仕事を引き受け、実績を積んでいれば、正社員への転換が実現するかもしれません。
2.正規雇用を求めて「他社への転職」に挑む
現在の勤務先で正社員転換が期待できない場合、正社員としての雇用を求めて他社に転職することも考えられます。その際には、これまでの非正規雇用としての経験を具体的な成果とともに職務経歴書に記載しましょう。正社員と同等のスキルや成果が求められれば、希望が叶うかもしれません。
3.教育訓練で「必要なスキル」を身につける
正社員転換や正社員としての転職を想定し、必要なスキルを身につけるための教育訓練を受けることも有効です。ハローワークが実施する「ハロートレーニング(公的職業訓練)」という無料または低額の職業訓練では、IT、介護、建設など様々な分野の教育訓練プログラムがあります。
また、厚生労働省が提供する「生涯を通じたキャリア・プランニング」等のオンライン講座もあり、活用できます。
なお、取得すると就職に有利になるとされている具体的な資格例としては、IT分野では「ITパスポート」「基本情報技術者」など、経理・財務分野では「日商簿記検定」など、語学では「TOEIC」「実用英語技能検定」などが考えられますが、希望する職種の求人などを見たうえで取り組むべきです。
このほか、ハローワークの「キャリアコンサルティングサービス」を利用したり、「ジョブ・カード」を活用して自身のスキルや経験を可視化したりするなどの取り組みも有効です。
正社員化は人材確保や生産性向上に貢献
「不本意非正規」から正社員への転換に成功した例を想定してみましょう。例えば、40代男性のAさんは、派遣社員として5年間、IT企業で働いていましたが、公的職業訓練でプログラミングスキルを磨きつつ、現場での実績を積み重ねました。その努力が認められ、派遣先企業に正社員として採用されました。キャリアアップ助成金の活用により、企業側も採用しやすい環境が整っていたことが大きな後押しとなりました。
「不本意非正規」からの脱却は、単に個人の問題ではなく、日本社会全体の課題です。少子高齢化による労働人口の減少が進む中、人手不足の解消と生産性の向上は日本経済にとって喫緊の課題です。非正規雇用者の能力を最大限に活かして安定した雇用を提供することは、社会全体の持続可能性にも大きく寄与します。
企業にとっても、非正規雇用の正社員化や待遇改善は、公平で活力ある社会を築くという社会的責任の遂行だけでなく、優秀な人材の確保や従業員のモチベーション向上、ひいては企業の競争力強化につながる投資にもなります。