5社に1社で“過労死ライン超え”……その実態と課題
2016年5月に厚生労働省から発表された「過労死等に関する実態把握のための社会面の調査研究事業」。この調査結果では、5社に1社の割合で“過労死ライン”を超えて働く正社員がいることが明らかになりました。そもそもこの過労死ラインとは何か? なぜいまだにラインを超えて働く労働者が多数いるのか? 実態と課題を考えてみましょう。
そもそも「過労死ライン」とは?
現在の労働行政では、時間外労働時間が月に80時間発生していると、長時間労働による健康障害の可能性が高まるとされています。例えば月20日間の出勤とすると、1日4時間以上の残業や休日出勤が発生すれば、心身の健康を損なう可能性が高いとされているわけです。この“月間の時間外労働時間が80時間以上”という目安を指して、過労死ラインと呼ばれています。健康障害が発症した2~6か月間において、平均80時間を超える時間外労働をしている場合、健康障害と長時間労働の因果関係を認めやすいということから、この目安が儲けられました。
また、健康障害の発症の1か月前に、100時間を超える時間外労働をしている場合にも、同じように健康障害と長時間労働の因果関係を認めやすいとされています。これは、月に20日出勤すると仮定すると、1日5時間以上の残業・13時間労働ということになります。
過労死ラインが5社に1社で発生
今回の厚労省の発表は、この過労死ラインを超す社員、すなわち、1か月の時間外労働時間が80時間を超える社員がいる企業が、22.7%にも達すると報告しています。また、そのうち11.9%の会社において、月100時間を超える正社員がいたのです。
ディスカウントショップの大手「ドン・キホーテ」が、従業員に3か月間で最長415時間45分の時間外労働に強いたとして書類送検されましたが、この調査からはそのような企業はレアケースではないということが見えてきます。過労死ラインを超えて労働者を働かせた企業のうち、表に出て処分された企業は氷山の一角にすぎないと言えそうです。
時間外労働への法規制
現在、残業時間については「36(サブロク)協定」に取り決められています。この協定は、労働基準法36条に記載されている「法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超えて労働させる場合や、法定休日に労働をさせる場合には、あらかじめ労働組合等と協定を結ばなくてはならない」という内容です。つまり、法定労働時間以上の時間外労働をおこなう場合は、この労働者と会社が個々に協定を結び、労働基準監督署へ届け出なければいけないのです。
ただし協定を結んだとしても、残業時間の上限はあります。1週間で15時間以内、1か月で45時間以内と細かく規定があり、時間を超えて残業をさせた場合は違法行為として罰せられます。またもちろん、残業代はきちんと支払わなければなりません。
なぜ過労死ラインを超える労働がなくならないのか
以上のような規定があるにもかかわらず、なぜ過労死ラインを超えるような働き方がなくならないのでしょうか?
おもな理由として挙げられるのが、企業の業績が好調で、1人あたり仕事量が増えていたためということが挙げられます。厚労省の調査では、過労死ラインを超えて働く正社員がいる企業のうち、3期とも黒字だった企業が26.2%、3期すべて赤字の企業は8.1%となっていました。赤字続きの零細企業が労働者を酷使しているのでは、と思いがちですが、実態はその反対だったのです。業績好調により個々の社員の役割や職責が増加しているものの、業績が良いゆえに「長時間労働をやめよう」とは言い出せない……。そんな実態があるのかもしれません。
しかし、逆の視点から見れば、労働者に長時間労働や休日出勤を強いているからこそ、業績好調を維持していると指摘することもできます。本来、労働者には適切な労働時間内で働いてもらい、正しく人件費を支払ったうえで利益を生むのが経営層の役割のはず。違法な時間外労働時間を織り込み済みで利益を確保するのは、本末転倒といえるでしょう。
業績好調だからといっても、過労死ラインを超えて働く社員がいれば、「長時間労働が当たり前」という社風が根付いてしまいます。そうなれば、会社としての生産性も落ち、効率的に働くことも不可能になるでしょう。無論、過労死などが発生すれば、企業にとっても労働者にとっても大きなマイナスです。過労死ライン超えの労働者が少なくない事実を重く受け止めて、行政と企業の両面から、是正に努めていく必要があるといえそうです。(ライター:香山とも)