「過労死ライン超え」の長時間労働はどう改善されてきたか
長時間労働は、日本社会において長年の課題とされてきました。過労死や健康被害のリスクを高めるだけでなく、労働生産性の低下や従業員の離職にもつながる深刻な問題です。
2014年に過労死等防止対策推進法が施行され、改善傾向にはあるものの、依然として多くの企業で長時間労働が常態化しています。今回は、過労死ラインの現状と最新の動向、そして企業に求められる対策について詳しく解説します。
「過労死ライン」の現状と改善傾向
かつて深刻な状況にあった日本企業の長時間労働ですが、徐々に改善の兆しが見られます。
過労死ラインの定義
過労死ラインとは、病気や死亡に至るリスクが高まる時間外労働時間の限度を指します。具体的には、発症前1ヶ月間におおむね100時間を超える時間外労働、または発症前2~6ヶ月間にわたっておおむね80時間を超える時間外労働が基準とされています。これらの基準を超える労働が常態化すると、従業員の健康被害のリスクが著しく高まります。
過去の深刻な状況
かつては「5社に1社の割合で”過労死ライン”を超えて働く正社員がいる」という深刻な状況がありました。2016年に発表された初の「過労死白書」によると、1年間に月80時間を超える残業(過労死ライン)をした正社員がいる企業は22.7%に達していました。
改善の兆し
しかし、近年の取り組みにより、状況は徐々に改善されつつあります。2024年の最新データによると、週60時間以上働く労働者の割合は8.4%まで減少しており、長時間労働の是正に向けた取り組みが一定の成果を上げていることがうかがえます。
「過労死ライン」最新の動向
以前より改善された長時間労働の状況ですが、問題のないレベルになっているとまではいえません。
労災認定の増加
2024年の「過労死等防止対策白書」によると、過労による精神障害での労災認定が5年連続で増加し、2023年度は883人と過去最多を記録しました。また、脳・心臓疾患での労災認定も216人と4年ぶりに200人を超えています。
業種別の状況
業種別にみると、「運輸業、郵便業」で週60時間以上労働する割合が18.5%と最も高く、次いで「宿泊業、飲食サービス業」(16.0%)、「教育、学習支援業」(15.9%)となっています。
企業に求められる「過労死」対策
過労死の発生を根本から防止するために、企業にはさまざまな対策が求められています。
労働時間管理の適正化
企業には、労働時間管理の適正化が求められています。クラウド型システムなどを導入し、勤怠データを一元管理することや、出退勤時間が自動的にデータ化される仕組みを構築することが重要です。また、36協定の遵守を徹底し、時間外労働の上限を守ることも必要です。
休暇取得の促進
休暇取得や制度利用の促進も重要な対策です。経営者が方針とメッセージを発信し、意識改革を図ることや、業務プロセスの見直しや不必要な会議の削減を行うことが効果的です。年次有給休暇の計画的付与制度を導入することも推奨されます。
人材確保と業務負担軽減
人材確保による業務負担軽減も重要な課題です。多様な人材の採用を進めることや、外国人材の活用も含めて検討することが必要です。また、教育制度やフォロー体制を充実させ、従業員の定着率を高めることや、業務の多能工化を進め、特定の従業員への業務集中を防ぐことも効果的です。
健康リスク対策
健康リスクの把握と対策も欠かせません。産業医と連携し、健康診断やストレスチェックの結果を活用することや、過労死ラインに達していなくても、健康リスクの高い従業員へのアプローチを行うことが重要です。メンタルヘルス対策を強化し、相談窓口を設置することも効果的な対策となります。
働き方改革の推進
働き方改革の推進も重要です。フレックスタイム制度やテレワークの導入など、柔軟な働き方を促進することや、勤務間インターバル制度を導入し、十分な休息時間を確保することが求められます。また、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進し、業務効率化を図ることも重要な取り組みとなります。
企業の取り組み事例
多くの企業が長時間労働の是正に向けて積極的な取り組みを行っています。例えば、ヤマト運輸株式会社では、労働時間管理ルールの見直しと入退館データのデジタル化、柔軟な勤務制度の導入、物流ネットワークの構造改革による輸送効率の向上などを実施しています。
- 大和自動車交通株式会社:若年人材確保のための資格取得支援、勤務形態の柔軟化による長期就労支援、ハイヤー乗務員に対する新規手当の導入(最大月8万円)などの取り組みを行っています。
- 伊藤組土建株式会社:クラウド型勤怠管理システムの導入による一元管理、業務負担軽減と生産性向上の取り組み、有給休暇の計画的付与の実施などを行っています。
- 味の素:コアタイムの廃止とスーパーフレックスタイムの導入、時間単位有給休暇や在宅勤務制度の導入、「働き方計画」ツールの導入による労働時間の可視化などを実施しています。
- 三越伊勢丹ホールディングス:労働時間管理ハンドブックの発行、勤務間インターバル規制の強化、PCの自動シャットダウンシステムの導入、産業医面談の強化と管理職の関与などの取り組みを行っています。
重要さ増す健康リスク管理
長時間労働対策は、単なる法令遵守にとどまらず、従業員の健康リスクを適切に把握し、未然に防止することが重要です。産業医との連携を強化し、健康診断やストレスチェックの結果を活用した積極的なアプローチが求められます。
また、労働基準監督署による監督指導や、過労死を発生させた企業に対する再発防止対策の策定要求など、行政による取り組みも強化されています。企業は、これらの動向を踏まえつつ、自社の状況に応じた効果的な対策を講じる必要があります。