日本でも広がる?「つながらない権利」とは何か?仕事とプライベートの境界を守る
「つながらない権利(Right to Disconnect)」とは、勤務時間外や休日に仕事上の連絡を拒否できる権利のことを指します。特に、スマートフォンやタブレットの普及により、いつでもどこでも仕事の連絡が可能になったことで、労働者は休息時間を確保することが難しくなっています。
この状態は、プライベートな時間への侵食や長時間労働、ストレスの増加を引き起こし、労働者の健康に悪影響を及ぼす可能性があります。今回は、そのような問題を回避するための「つながらない権利」について解説します。
「つながらない権利」の内容
「つながらない権利」は、フランスでは2017年に法制化され、イタリアやポルトガル、スペイン、ベルギー、オーストラリアでも法制化されているという報道があります。
具体的な内容は以下の通りで、労働者の権利と会社側の責任の両側面があります。
1.労働者の権利
労働者は、勤務時間外や休日に受けた業務連絡(電話、メール、チャットなど)に対して応答する義務がありません。さらに、プライベートな時間を確保するために、業務用ツールへのアクセスを制限したり、遮断したりする権利があります。
2.会社側の責任
会社側は、緊急事態を除き、勤務時間外の連絡を控えるべきです。これは労働者の権利を尊重し、健全なワーク・ライフ・バランスを促進するための重要な取り組みです。
「つながらない権利」の重要性
「つながらない権利」は、個人だけでなく企業全体にも利益をもたらす重要な要素です。
1.過重労働の防止
勤務時間外の連絡を制限することで、長時間労働による健康被害や過労死リスクを低減できます。
2.メンタルヘルスの向上
労働者が休息時間を確保できることで、不安やストレスが軽減されます。心身ともにリフレッシュすることで、仕事へのモチベーションも高まります。
3.ワーク・ライフ・バランスの改善
プライベートな時間を尊重することで、家族や友人との関係も良好になります。これにより、生活全般の質が向上します。
4.生産性と創造性の向上
適切な休息が取れることで集中力が高まり、新しいアイデアや視点も生まれやすくなります。結果として、生産性も向上します。
導入事例
「つながらない権利」を導入している企業の代表例です。いずれも「外資」という共通点があります。日本企業の導入企業はまだ広く知られていないのが現状です。
1.ジョンソン・エンド・ジョンソン
ジョンソン・エンド・ジョンソンでは、午後10時以降と休日の社内メールを禁止しています。この取り組みにより、従業員はプライベートな時間を確保できるようになり、満足度向上やワーク・ライフ・バランス改善につながっています。
2.三菱ふそうトラック・バス
三菱ふそうトラック・バス(独ダイムラー・トラックの傘下)では2014年12月から長期休暇中に電子メールを受信拒否し、自動削除できるシステムを導入しました。このシステムによって業務連絡から解放されることで、従業員は安心して休暇を楽しむことができます。
「つながらない権利」導入の留意点
「つながらない権利」を制度化して導入する際の潜在的な課題や考慮すべき点は以下のようになります。
1.緊急時の対応体制
業務計画を立てる際には、緊急性や重要度に応じて連絡手段を選ぶことが重要です。緊急の場合には電話、それ以外はメールなどルール化することで、受け手側も判断しやすくなります。
特に24時間対応が必要な業種や緊急性の高い業務では、「つながらない権利」を適用しつつ、緊急時の対応体制を整える必要があります。例えば、オンコール制度(電話当番制)などで対応することが考えられます。
2.国際ビジネスへの対応
異なるタイムゾーンとのビジネスでは、勤務時間のずれに対応するため、フレックスタイム制の導入や、国際チームでの業務分担など、柔軟な勤務体制を構築する必要があります。
3.業務の連続性の確保
業務が属人化し「その人でなければ絶対に対応できない」状況があると、「つながらない権利」は導入できません。「つながらない権利」を導入しつつ、引き継ぎや情報共有のしくみをあらかじめ作ることが重要です。
4.顧客対応の質の維持
顧客からの要望には迅速に応じるべきという考え方がありますが、この点とのバランスを取る必要があります。顧客サービスを提供する業種では「つながらない権利」を導入しながら、顧客満足度を維持する方法を検討する必要があります。例えば、自動応答システムの導入などが考えられます。
5.労働時間管理の複雑化
「つながらない権利」の導入により、労働時間の管理がより複雑になる可能性があります。適切な労働時間管理システムの導入が必要になるでしょう。
6.企業文化の変革
「つながらない権利」の導入には、従来の「常に連絡可能」という企業文化からの転換が必要です。経営層からの明確なメッセージと、段階的な導入が重要になります。経営層や管理職が率先してオフタイムを尊重し、その姿勢を示すことも効果的です。
これらの課題に対しては、業種や職種に応じた柔軟な運用や、明確なガイドラインの設定、従業員との十分なコミュニケーションなど、バランスの取れたアプローチが必要となります。
テレワークの普及も一因に
「つながらない権利」への関心が高まっている背景には、2つの要因があります。1つ目は「ワーク・ライフ・バランスの重視」で、プライベートな時間と勤務時間を明確に分けたいという労働者の強い意識があるためです。
2つ目は「テレワークの普及」で、職場と生活環境の一体化に伴い仕事と私生活の境界が曖昧になるおそれがあります。このような状況下では、「つながらない権利」の重要性がより一層高まると考えられます。
解説にも書いたとおり、企業は競争力維持のためにも、従業員の健康と満足度を重視する必要があり、「つながらない権利」はその一つの解決策となるでしょう。
将来「つながらない権利」が法制化される可能性も視野に入れつつ、各企業が自社の状況に合わせて柔軟に導入を進めていくことが望ましいでしょう。