残業時間の上限規制で何が変わる?
2017年3月17日、政府は労働基準法の改正案を提示し、事実上無制限に残業時間を増やすことができる「36協定(サブロク協定)」が制限されることになりました。これにより、長時間労働に一定の歯止めがかかると見られています。
一方で、「繁忙期の残業時間は月100時間未満」という制限が過労死ラインを超えているとする声や、休日出勤が増えるだけではないかという懸念も聞かれます。残業時間の上限規制で、何がどう変わるのでしょうか。残業時間規制の内容と残された課題・懸念点について紹介します。
労働基準法改正案による残業時間の制限内容
働き方改革や電通社員の過労自殺事件などをきっかけに、残業時間の制限について改めて注目が集まっています。残業時間が是正されない原因は、労使の合意があれば事実上、無制限に労働時間を超過してもよいとする「36協定(サブロク協定)」にあるという見立てから、政府は残業時間上限見直しに着手する方向に進みました。
厚生労働省の労働政策審議会の議論を経て、年内には労働基準法の改正案を提出する方針です。現行では、「時間外労働の限度に関する基準」において、時間外労働の上限は1か月45時間、年間360時間と規定されていますが、それに対して改革案は、以下の柱でまとめられています。
(1)残業時間は、月45時間、年間360時間以下を原則とすること
(2)繁忙期であっても、月100時間未満、2~6か月の月平均がいずれも80時間以下とすること
(3)月45時間を超えるのは年6回までとする
(4)繁忙期を含めても「年720時間」を上回らないこと
なお、現行の残業時間規制については業務の性質上、適用除外とされてきた建設業と運輸業も、残業時間の上限規制を適用する方向で検討されています。ただし、こうした業種に関しては、混乱を避けるために、実行までの猶予期間を設けられる方向が示されています。
残業時間の規制に対して残された課題
こうした残業時間の規制に対して残された課題として、以下の4つの懸念点が大きく注目されています。
1. 残業時間100時間は適切か
いわゆる“過労死ライン”は月100時間だといわれています。しかし、今回の改正では月100時間の残業を認めることとされているわけです。この「100時間未満」というラインが妥当か否かについては議論の余地があるでしょう。心身の影響やワークライフバランスなどを鑑みて、どこまでの残業が許容されるのか吟味していく必要があるといえます。
2.「休日労働」は残業時間に含めない
残業時間制限のうち、上記の「(2)繁忙期であっても、月100時間未満、2~6カ月の月平均がいずれも80時間以下とすること」には休日労働時間が含まれています。一方で、それ以外の規制には、休日労働は含まれていません。労働基準法では、従業員に対して週1回の休日を取らせることを義務付けています。
万が一、休日に出勤を余儀なくされた「休日労働」の場合には、いわゆる残業とは区別して35%の割増賃金を払わなければいけないこととしています。つまり休日労働と一般の残業時間は“別物”とされるため、残業が減らされれば休日労働が増加するのではないかという懸念の声が高まっているのです。
3. 多用な社員を受け入れられる状態か
一億総活躍社会の方向性が示され、介護や子育てなどを抱えている方も、十分に働いていけるための環境整備が求められています。そう考えると、果たして改正案が妥当な労働時間となっているのかという見方が必要です。従業員個々の事情を考慮して、妥当な残業時間に設定していく必要はあるといえるでしょう。
4. 残業代がなくなることについての考慮は十分か
現場で働く労働者の基本給が低く、残業手当が生活費となっているケースは少なくありません。一定水準以上の生活費を確保するためには、ある程度の残業をしなければならないという事情もあるでしょう。そして、そうした生活の困窮が残業時間の増大につながっている可能性が高いのです。このような労働者の状況を鑑みたときに、残業時間を一律に削減すべきか否かという議論は避けて通れないことといえます。
労働基準法によって残業時間の上限規定を設けたことは、労働環境整備が一歩前進したものといえます。しかし、残された課題・懸念も少なくなく、一層議論を深めていかなければいけない点もあるということができるでしょう。(ライター:香山とも)