労働基準監督署の民間委託、メリットと懸念点
ブラック企業の取り締まりや働き方改革などを背景にして、労働基準監督署に寄せられる期待・要望は増えています。しかし、そんな労基署もまた人手不足に直面しているという現状があります。こうした中で、政府の規制改革推進会議からは「労基署の一部業務を民間委託すべき」という意見が出されています。
民間と行政が連携し、効率化して業務を遂行していくことで、違法労働を確実に防止していくという狙いがありますが、労基署を管轄する厚生労働省からは「問題企業への立ち入り・調査などを民間委託するのは不適切」という反対意見もあります。実際に、労基署が民間委託された際には、働く人々にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。また、逆にどのような懸念点があるのでしょうか。
労基署人手不足の現状
まず労働基準監督署(労基署)の現状を確認してみましょう。厚生労働省によれば、雇用者1万人当たりの監督官数が日本は先進国と比較してかなり低い水準だといいます。ドイツは1.89人、イギリスは0.93人、フランスは0.74人となっているのに対し、日本は0.53人にとどまっています。アメリカも0.28人という低さですが、それに次ぐ状況だといえます。
なお、この人数は監督官資格の保有者数といわれています。つまり、実際に現場で監督官として従事している人数はもっと少ないのです。特に、企業数が圧倒的に多い首都圏は、それを確認する監督官の数は大変不足しています。具体的には、東京23区においては、一人の監督官が約3000件を担当しているといわれています。
このような人員的な限界を抱えている中にあっても、2014年の定期監督対象の約13万事業場のうち7割ほどから法律違反が指摘されました。つまり、臨検と呼ばれる立ち入り検査の数を増やすことができれば、さらに違反が摘発することができるのではないかと考えられるのです。
労基署業務の民間委託のメリット
このような、労基署の労働環境ですから、民間委託におけるメリットは大きいと考えられます。賛成の声として挙がっている4意見を紹介しましょう。
(1 )民間に委託することで、臨検の対象事業者数を増加させることができます。これにより、労働者の保護を一層強化させていくことができるでしょう。
(2) 労基署の監督官の労働環境を整えていくことができると考えます。これにより、労働者の保護を精緻に進めていくことができます。
(3) 民間委託が広がり、社会の相互監視が強まれば、ブラック企業の抑止につながるのではないでしょうか。
(4) 監督官機能を民間委託することで、労基署が身近な存在となり「飛び込み寺」としての救済機能を有するようになるのではないかと思います。
労基署業務の民間委託の懸念点
一方で、行政側などから懸念の声も挙がっています。その一部をご紹介しましょう。
(1)民間が調査し、それを有資格の監督官に取り次ぐ際に証拠が隠されることなどがあるのではないでしょうか。結果的に、労働者の保護が遅れてしまわないか心配です。
(2)「抜き打ち」で立ち入りが行われるということが実現できるのか心配です。民間には強制力を持たせにくいのではないでしょうか。現在においても、労基署の監督官が立ち入りに入る際に、責任者が不在で逃れるということがあると聞きます。
(3) 監督官の専門的・行政的な業務をどこまで民間が代替できるのか、また、代替してよいのかが疑問です。
(4) 立ち入りの際には、その企業の多様な情報を収集しなければいけません。その収集能力を民間がどこまで有することができるのか未知数です。また、行政がこれまで蓄積してきた膨大な企業情報に、民間の監督者がアクセスできる許可を与えてよいのかどうかも疑問です。
メリットもありながらも、まだまだクリアすべき懸念点も多い労基署機能の民間委託。これからは、すべての労働者が関係する問題となっていきます。どのような展開になるか、議論の動向を追う必要がありそうです。(ライター:香山とも)