「残業時間の公表義務付け」と賛否の声
2017年5月、厚生労働省は「2020年をめどに大企業の残業時間の公表を義務付ける」との発表を行いました。現段階では大企業に限定された規定となっていますが、残業時間の公表を義務付けることで企業自らが残業時間の削減に動くことが期待されています。
この動きを歓迎する声がある一方で、「下請けの中小企業の業務改善にはつながらない」「平均残業時間が公表されるだけで、一部の過重労働は見えてこない」といった声も挙がっています。残業時間公表義務付けの背景、賛成・懸念の声を見てみましょう。
厚労省による“残業時間公表義務付け”
厚生労働省は、2020年をめどに、大企業に対して従業員の残業時間の公表を義務付けることとしました。ここでいう「大企業」とは、従業員が301人以上の企業を指します。該当する会社は、従業員の月当たりの平均残業時間を年1回開示することが義務付けられます。そしてもし、従わない場合には処分の対象となります。
厚生労働省は、これにより長年問題視されながらも未だ抜本的な解決がなされていない日本の長時間労働にメスを入れる狙いです。月の平均残業時間を確認することで、企業の労働実態を外部から把握しやすくします。そして、過度な長時間労働にいたることを防ごうという考えがあります。
なかには、長時間労働の実態を把握することを避けるために虚偽の申告をする企業が出てくることも考えられます。こうした虚偽の発表内容と疑われる場合には、行政指導が入ることとされています。また、悪質な場合には罰金20万円が課されるとも規定されています。一方、日本の多くを占める従業員が300人以下の中小企業においては、努力義務とされ罰則は設けられない予定です。
残業時間公表義務付けの背景とは
この年1回の公表を規定することにより、長時間労働の抑止効果を高めることがねらいです。20万円という罰則は大企業においては大きな問題ではありませんが、企業側には「虚偽の残業時間を提示する企業」「行政指導が入っても一向に改善されない会社」と見なされる経営リスクがあります。このように評価されれば就職者の人気は必然的に下がるでしょうし、感度の高い消費者もその企業の商品を避ける傾向が強くなっていくでしょう。厚生労働省は、こうした社会的な抑止効果も期待していると推察されます。
また、厚生労働省は残業時間を減らす動きが企業内で強まることで、生産性を向上させる動きにつながり、経済的な活性化を生むともみています。
残業時間公表義務付けの賛否の声
こうした残業時間公表義務付けの規定ですが、2020年の実施の前にさまざまな賛否の声が挙がっています。それぞれ紹介しましょう。
【賛成の声】
・電通の過労死自殺に象徴されるように、大企業ならではの荷重労働の現実はあります。日本を代表するような大手企業が従業員の労働条件を見直せないことは大きな問題です。こうしたルールを多く設けていくことが是正につながるでしょう。
・社会的に「ブラック企業」のレッテルは貼られたくないもの。時間外労働を公表することには一定の抑止力があると思います。
【否定の声】
・人件費に余裕のない中小企業の方が過剰労働になりやすく、ブラック企業の割合も高いのではないでしょうか。大企業を対象にするのではなく、中小企業を是正するルールを設けることが大切でしょう。
・長時間労働を減らしても、仕事そのものがなくなるわけではありません。どのように労働力を担保するかまでは示されていないので、結局は各企業の努力義務にとどまってしまう可能性があるでしょう。
・時間外労働にカウントされていないサービス残業や休日出勤、持ち帰り残業については目を向けられていません。公表されないだけで“見えない残業”が増えてしまえば、状況は改善されるどころか悪化しかねません。
対象を大企業にすることが適切か、正確に時間外労働時間を計ることができるのかなどの懸念点はあるものの、過重な時間外労働の現状にメスが入ったことは大きな前進。今後どのような整備が図られていくか、十分な検討が必要でしょう。(ライター:香山とも)