• 「おまえはクビだ!」――その宣告の瞬間が満載の「日本の雇用終了」

     「日本の雇用終了」は、労働問題についての純然とした専門書。いや、書籍というより報告書に近いだろう。独立行政法人「労働政策研究・研修機構」(JIL)の第2期研究シリーズの一冊だ。

     よほどの大型書店に行かなければ、見かけることもないはず。研究者や専門家に向けて刊行された本のため、およそ「おもしろさ」からはほど遠い内容だ。読みやすさの味付けなど、皆目無い。

     ところが、いやだからこそ、これが「おもしろい」。副題に「労働局あっせん事例から」とある通り、全国の労働局が取り組んだ個別紛争に関する助言や指導の事例集である。

     そう、つまり本書は、

    「おまえはクビだ!」

     と、本当に言い渡されたシーンの総集編なのだ。小説やテレビドラマではない、ざらざらしたホンモノの生々しさがある。

     いったい、解雇を言い渡される瞬間とは、どんな場面なのか。いくつかを見ていこう。

    【ケース1】保育所で働いていた保母

     医療福祉施設に保育所ができることになり、保母として働くことになったA子。ところが、いざスタートすると、利用する子どもがいなかった。

     「することがなかったら、訪問介護を手伝ってください」

     と言われ、風呂や掃除、洗濯を手伝わされた。不満なA子は、

     「訪問介護はできない。保母の仕事が発生するまで、家で待機します」

     と言ったところ、

     「できないなら仕方ない」

     「それは辞めろと言うことですか」

     「辞めろとは言っていない。辞めるなら、辞めてください」

     …これで、クビに。

    【ケース2】工場で働いてきた工員

     工場で働いていたB男。経営不振で、一律の賃金カットが行われた。工場長が退職して、社長から言われた。

     「当社の取締役工場長になってくれ」

     これだけなら、悪い話ではない。ところが条件が付いていた。

     「100万円分の自社株を購入するように」

     そんな大金はなく、ローンを組まねばならない。拒否したところ、

     「社長の言うことが聞けないなら、会社を辞めろ」

     …これで、クビに。

    【ケース3】病院の警備員

     病院内で警備員として勤務しているC男。上司の警備課長から、「警備室内ではスリッパを履かないように」と注意された。

     C男はこれを守らなかったところ、再三の注意があった。

     会社側によれば、警備員は緊急時に誰よりも先に現場に駆けつけなければならないという。

     「スリッパのことは、就業規則にも書かれてはいない」

     と反論したが、

     「警備業務としては絶対に許されない。業務から外れてもらうしかない」
     
     …これで、クビに。

    【ケース4】トラック運転手

     サラ金から借金があったD男。事務所に頻繁に電話がかかってくるようになった。

     女性社員から、

     「社長、なんとかしてください」

     と悲鳴が上がった。日によっては何度も電話がかかり、しつこくて仕事にならなかったという。

     社長はまず、

     「今後の労働契約の継続は難しい」

     と伝えた。その後、再び社長に呼ばれ、こう宣告された。

     「他の社員の手前、辞めてもらいたい」
     
     …これで、クビに。

    【ケース5】私立学校の職員

     医療専門学校で教務として勤務していたE子。校長から、教務主任になるように求められ、断ったところ再度呼ばれた。退職しろと要求された。退職できないと答えると、

     「懲戒解雇にすることもできる」

     と脅され、仕方なく教務主任になることを承知したが、今度は、こう言って退職を強要された。

     「コロコロ意見を変えて信用性がない」

     …これで、クビに。

     こんな場面が、ページをめくるたびに、次から次へと続く。本書が対象としたのは、全部で846件の雇用終了関係事案。読みようによっては「稀書」とも「奇書」とも呼べそうな、たぐいまれな一冊だ。

     

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