ワタミやユニクロの「不幸」の背景 幸せの値段をどう計算するのか? 2012年6月18日 ビジネスの書棚 ツイート 副題にはこうある。 「結婚初年度の『幸福』の値段は2500万円!?」 行動経済学の理論を駆使して、そんな結果を導き出したのは、著者のナッターヴート(ニック)・ポータヴィー。タイ出身の経済学者でシンガポール南洋理工大助教授だ。 彼は幸福経済学の第一人者として知られる。幸福の価値を見積もる方法についての最先端の研究で、さまざまな話題を振りまいてきた。 「子どもを持つと、不幸になる」 と論じたときは、大きな論争を巻き起こした。そんなポータヴィーの主著がこのほど翻訳された。 それが「幸福の計算式(阪急コミュニケーションズ刊)」だ。 経済評論家の山崎元氏や作家の橘玲氏ら、多くの識者によって高く評価されている。 幸福とは何か。とりわけ、それは金銭とどんな関係があるのか。本書が追究するテーマである。 だれもが真っ先に思うのは、この問題だろう。 「おカネは人を幸せにするか」 そして多くの人が、おおむね、それを否定はしないはずだ。おカネがあるだけでは幸福とは限らないが、お金がなければ相当に不幸だと考えるに違いない。 すると、収入と幸福の間には、関係式が見つかりそうだ。本書は、そんな問題意識を出発点としている。 ◇ 幸福度は他人との相対的な評価で決まる だが、議論はもちろん屈折する。ポータヴィーは、19世紀の英国の功利主義者J.S.ミルの次の言葉を引く。 「人はただ金持ちになりたいのではない。他人より金持ちになりたいのだ」 これは、金銭以外の多くの指標にも当てはまるだろう。たとえば、男なら「背が高く」なりたいだろうし、女なら「美しく」なりたいだろう。 しかし、たとえ今より背が高くなっても、周囲の人間がみんな同じ身長だったなら、「幸福度」は上がらない。つまり、背が高いことが幸福なのではなく、他人より背が高いことが幸福なのだ。 幸福度とは相対的なのである。人は、自分の順位にこそ価値を置く。 多くの金持ちは貧乏人よりも幸福だが、だからといって全員の収入を増やしても幸福度は上がらない。 では、実際にどんな人たちが幸福度が高いか。ポータヴィーは、米国における職業別の満足度の調査結果を挙げた。ベスト10とワースト10は次の通りだ。 ◆幸福度の高いベスト101.聖職者2.理学療法士3.消防士4.教育関係者5.画家、彫刻家など6.教師7.作家8.心理学者9.特殊教育の教師10.技術者 ◆幸福度の低いワースト101.屋根職人2.ウェーター3.建設業以外の肉体労働者4.バーテンダー5.荷造り業6.貨物業7.アパレル販売員8.レジ係9.飲食業10.配送業 なるほど、まずは不幸な人たち。これはわかりやすい。日本では簡単に言えば、ヤマダ電機やユニクロ、ワタミといった企業の店舗で働いている人たちになるだろう。 逆に、幸福な人たちとはだれか。教育や芸術など、自分の才能や知識を生かせるクリエーティブな職業であることがわかる。 ◇ 幸福については相関関係が因果関係とは限らない だが、ここから先が一筋縄ではないかない。こんな困難があるからだ。 それは、聖職者がもっとも幸福度が高かったからといって、「では、神父や牧師になれば、幸せになれるのか」というと、そうではないからだ。順序が逆である可能性があるのだ。 つまり、「幸福度が高い人だからこそ、神父や牧師になった」 という流れだ。 宗教にかかわってきて幸福度を高めてきた人が、そのまま宗教を自分の仕事にできるならば、それは大いに満足できるのは当然である。 相関関係が因果関係であるとは限らない。たとえば本書はこんな具体例を示している。あるデータから、次のことが言えた。 「ミネラルウォーターを多く飲む人は、健康な赤ちゃんを産んでいる」 しかし、ここから「ミネラルウォーターを飲めば、健康な赤ちゃんが生まれる」ということには、ならないのである。なぜなら、 「裕福であれば、ミネラルウォーターを買える。また、裕福であれば優れた医療や安全で十分な食事を得られる。その結果、健康な赤ちゃんが生まれる」 という関連性がありえるからだ。そうであれば、ミネラルウォーターと赤ちゃんの健康に因果関係はない。 ポータヴィーは、こうした統計学の困難をかいくぐりながら、「幸福の計算式」を導き出していく。スリリングな一冊だ。 【その他のビジネスの書棚の記事はこちら】
ワタミやユニクロの「不幸」の背景 幸せの値段をどう計算するのか?
副題にはこうある。
「結婚初年度の『幸福』の値段は2500万円!?」
行動経済学の理論を駆使して、そんな結果を導き出したのは、著者のナッターヴート(ニック)・ポータヴィー。タイ出身の経済学者でシンガポール南洋理工大助教授だ。
彼は幸福経済学の第一人者として知られる。幸福の価値を見積もる方法についての最先端の研究で、さまざまな話題を振りまいてきた。
「子どもを持つと、不幸になる」
と論じたときは、大きな論争を巻き起こした。そんなポータヴィーの主著がこのほど翻訳された。
それが「幸福の計算式(阪急コミュニケーションズ刊)」だ。
経済評論家の山崎元氏や作家の橘玲氏ら、多くの識者によって高く評価されている。
幸福とは何か。とりわけ、それは金銭とどんな関係があるのか。本書が追究するテーマである。
だれもが真っ先に思うのは、この問題だろう。
「おカネは人を幸せにするか」
そして多くの人が、おおむね、それを否定はしないはずだ。おカネがあるだけでは幸福とは限らないが、お金がなければ相当に不幸だと考えるに違いない。
すると、収入と幸福の間には、関係式が見つかりそうだ。本書は、そんな問題意識を出発点としている。
◇
幸福度は他人との相対的な評価で決まる
だが、議論はもちろん屈折する。ポータヴィーは、19世紀の英国の功利主義者J.S.ミルの次の言葉を引く。
「人はただ金持ちになりたいのではない。他人より金持ちになりたいのだ」
これは、金銭以外の多くの指標にも当てはまるだろう。たとえば、男なら「背が高く」なりたいだろうし、女なら「美しく」なりたいだろう。
しかし、たとえ今より背が高くなっても、周囲の人間がみんな同じ身長だったなら、「幸福度」は上がらない。つまり、背が高いことが幸福なのではなく、他人より背が高いことが幸福なのだ。
幸福度とは相対的なのである。人は、自分の順位にこそ価値を置く。
多くの金持ちは貧乏人よりも幸福だが、だからといって全員の収入を増やしても幸福度は上がらない。
では、実際にどんな人たちが幸福度が高いか。ポータヴィーは、米国における職業別の満足度の調査結果を挙げた。ベスト10とワースト10は次の通りだ。
◆幸福度の高いベスト10
1.聖職者
2.理学療法士
3.消防士
4.教育関係者
5.画家、彫刻家など
6.教師
7.作家
8.心理学者
9.特殊教育の教師
10.技術者
◆幸福度の低いワースト10
1.屋根職人
2.ウェーター
3.建設業以外の肉体労働者
4.バーテンダー
5.荷造り業
6.貨物業
7.アパレル販売員
8.レジ係
9.飲食業
10.配送業
なるほど、まずは不幸な人たち。これはわかりやすい。日本では簡単に言えば、ヤマダ電機やユニクロ、ワタミといった企業の店舗で働いている人たちになるだろう。
逆に、幸福な人たちとはだれか。教育や芸術など、自分の才能や知識を生かせるクリエーティブな職業であることがわかる。
◇
幸福については相関関係が因果関係とは限らない
だが、ここから先が一筋縄ではないかない。こんな困難があるからだ。
それは、聖職者がもっとも幸福度が高かったからといって、「では、神父や牧師になれば、幸せになれるのか」というと、そうではないからだ。順序が逆である可能性があるのだ。
つまり、「幸福度が高い人だからこそ、神父や牧師になった」
という流れだ。
宗教にかかわってきて幸福度を高めてきた人が、そのまま宗教を自分の仕事にできるならば、それは大いに満足できるのは当然である。
相関関係が因果関係であるとは限らない。たとえば本書はこんな具体例を示している。あるデータから、次のことが言えた。
「ミネラルウォーターを多く飲む人は、健康な赤ちゃんを産んでいる」
しかし、ここから「ミネラルウォーターを飲めば、健康な赤ちゃんが生まれる」ということには、ならないのである。なぜなら、
「裕福であれば、ミネラルウォーターを買える。また、裕福であれば優れた医療や安全で十分な食事を得られる。その結果、健康な赤ちゃんが生まれる」
という関連性がありえるからだ。そうであれば、ミネラルウォーターと赤ちゃんの健康に因果関係はない。
ポータヴィーは、こうした統計学の困難をかいくぐりながら、「幸福の計算式」を導き出していく。スリリングな一冊だ。
【その他のビジネスの書棚の記事はこちら】