• ワタミやユニクロの「不幸」の背景 幸せの値段をどう計算するのか?

     副題にはこうある。

     「結婚初年度の『幸福』の値段は2500万円!?」

     行動経済学の理論を駆使して、そんな結果を導き出したのは、著者のナッターヴート(ニック)・ポータヴィー。タイ出身の経済学者でシンガポール南洋理工大助教授だ。

     彼は幸福経済学の第一人者として知られる。幸福の価値を見積もる方法についての最先端の研究で、さまざまな話題を振りまいてきた。

     「子どもを持つと、不幸になる」

     と論じたときは、大きな論争を巻き起こした。そんなポータヴィーの主著がこのほど翻訳された。

     それが「幸福の計算式(阪急コミュニケーションズ刊)」だ。

     経済評論家の山崎元氏や作家の橘玲氏ら、多くの識者によって高く評価されている。

     幸福とは何か。とりわけ、それは金銭とどんな関係があるのか。本書が追究するテーマである。

     だれもが真っ先に思うのは、この問題だろう。

     「おカネは人を幸せにするか」

     そして多くの人が、おおむね、それを否定はしないはずだ。おカネがあるだけでは幸福とは限らないが、お金がなければ相当に不幸だと考えるに違いない。

     すると、収入と幸福の間には、関係式が見つかりそうだ。本書は、そんな問題意識を出発点としている。


    幸福度は他人との相対的な評価で決まる

     だが、議論はもちろん屈折する。ポータヴィーは、19世紀の英国の功利主義者J.S.ミルの次の言葉を引く。

     「人はただ金持ちになりたいのではない。他人より金持ちになりたいのだ」

     これは、金銭以外の多くの指標にも当てはまるだろう。たとえば、男なら「背が高く」なりたいだろうし、女なら「美しく」なりたいだろう。

     しかし、たとえ今より背が高くなっても、周囲の人間がみんな同じ身長だったなら、「幸福度」は上がらない。つまり、背が高いことが幸福なのではなく、他人より背が高いことが幸福なのだ。

     幸福度とは相対的なのである。人は、自分の順位にこそ価値を置く。

     多くの金持ちは貧乏人よりも幸福だが、だからといって全員の収入を増やしても幸福度は上がらない。

     では、実際にどんな人たちが幸福度が高いか。ポータヴィーは、米国における職業別の満足度の調査結果を挙げた。ベスト10とワースト10は次の通りだ。

    ◆幸福度の高いベスト10
    1.聖職者
    2.理学療法士
    3.消防士
    4.教育関係者
    5.画家、彫刻家など
    6.教師
    7.作家
    8.心理学者
    9.特殊教育の教師
    10.技術者

    ◆幸福度の低いワースト10
    1.屋根職人
    2.ウェーター
    3.建設業以外の肉体労働者
    4.バーテンダー
    5.荷造り業
    6.貨物業
    7.アパレル販売員
    8.レジ係
    9.飲食業
    10.配送業

     なるほど、まずは不幸な人たち。これはわかりやすい。日本では簡単に言えば、ヤマダ電機やユニクロ、ワタミといった企業の店舗で働いている人たちになるだろう。

     逆に、幸福な人たちとはだれか。教育や芸術など、自分の才能や知識を生かせるクリエーティブな職業であることがわかる。

     


    幸福については相関関係が因果関係とは限らない

     だが、ここから先が一筋縄ではないかない。こんな困難があるからだ。
     それは、聖職者がもっとも幸福度が高かったからといって、「では、神父や牧師になれば、幸せになれるのか」というと、そうではないからだ。順序が逆である可能性があるのだ。

     つまり、「幸福度が高い人だからこそ、神父や牧師になった」

     という流れだ。

     宗教にかかわってきて幸福度を高めてきた人が、そのまま宗教を自分の仕事にできるならば、それは大いに満足できるのは当然である。

     相関関係が因果関係であるとは限らない。たとえば本書はこんな具体例を示している。あるデータから、次のことが言えた。

     「ミネラルウォーターを多く飲む人は、健康な赤ちゃんを産んでいる」

     しかし、ここから「ミネラルウォーターを飲めば、健康な赤ちゃんが生まれる」ということには、ならないのである。なぜなら、

     「裕福であれば、ミネラルウォーターを買える。また、裕福であれば優れた医療や安全で十分な食事を得られる。その結果、健康な赤ちゃんが生まれる」

     という関連性がありえるからだ。そうであれば、ミネラルウォーターと赤ちゃんの健康に因果関係はない。

     ポータヴィーは、こうした統計学の困難をかいくぐりながら、「幸福の計算式」を導き出していく。スリリングな一冊だ。

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