ヤマト運輸「高齢者の賃金維持」は美談なのか? またしても割を食う現役世代 2013年7月31日 仕事のエコノミクス ツイート 日本経済新聞が、2013年7月30日付け朝刊の一面に「ヤマト、65歳まで賃金水準維持」という見出しを大きく載せている。16年度をメドに「高齢者活用へ新制度」なのだそうだ。 これだけ見ると、ヤマトの経営者は頑張ったとか、従業員思いだとかいう感想を持つ人もいるかもしれない。実際ツイッターには、この施策を絶賛するコメントが見られる。 「当たり前のことを実践してる素晴らしい企業」 「お金が働く人に環元されるのは素晴らしいこと」 「こういう社会貢献型の企業姿勢は評価したい」 しかし、会社が大きく儲けたわけでもないのに、一部の社員の待遇を上げることができるなんて、そんなうまい話があるだろうか。 そこで記事のグラフをよくよく見てみると、やっぱり40~50代の現役世代の賃金上昇が抑制されている。40歳代までの賃金上昇カーブは従来よりも大きいが、それ以降の上昇率は急激に低くなっている。 要するに、より若い世代からカネを取り上げ「40過ぎたら、もう給料は上がらないからね」と宣告しながら、そのカネを高齢者に振り分けて彼らの給与の底上げを図ろうとしている――。そう言っていいだろう。 現在60歳を迎えているのは、1953年生まれの世代。彼らは社会保障の面で「最後の勝ち組」と呼ばれている。学習院大学の鈴木亘教授の試算によると、1950年生まれの人は厚生年金の支払額と受給額の差はプラス770万円。要するに「もらい得」世代である。 一方、その下の世代、例えば現在40代前半の1970年生まれの人は、支払額と受給額の差はマイナス1050万円。現在の老人を支えるために「払い損」に甘んじるうえに、65歳雇用義務化のあおりを受け、またしても上の世代を支えるための犠牲になるのである。 とはいえ、この世代のサラリーマンには雇用の流動性が極めて低く、「終身雇用」の意識も根強いので、何をされようと会社にしがみつくしかない。飼いならされた「社畜」のごとく、おとなしく搾り取られることになりそうだ。 「少子化がいっそう進む」と危惧する声も いまの日本は、まさに「老人天国」。「日本を取り戻す」というスローガンを掲げた党が、構造改革よりノスタルジックなバブル復活を求める高齢者の支持を集め、選挙で大勝利を収めた。 テレビも新聞も出版も、ネットリテラシーが低くカネ払いのよいお得意様は60代以上のご老人。「働き盛り世代の実質賃下げ」に焦点を当てる媒体はない。記事には「高齢者の労働意欲を引き出すには賃金面の改善が課題」とあるが、働き盛りの労働意欲はどうなるのか。 年金制度破綻の尻拭いをするために、国から「65歳まで企業で面倒を見ろ」と言われた手前、多くの企業は従うしかない。将来の生産年齢人口の減少を見越せば、高齢者の戦力化は課題ともいえる。しかしヤマトのような運送業において、高齢者の「労働意欲」は有意義な形で発揮されるのだろうか。 現場のパワーになっているのは、若手から中堅の有能で勤勉な社員と、汗をかくパートなど非正規雇用とアルバイトだ。彼らにしわ寄せを続けるやり方では、将来の市場を狭めることになりしないか。今回の「高齢者の賃金維持」によって現役世代の所得が削られれば、「少子化がいっそう進む」と危惧する声もある。 とはいえ、大企業の老人たちを路頭に迷わせて本当に困るのは、すでに30代に差し掛かった彼らの「すねかじり」「引きこもり」の息子や娘たち。深刻な社会不安を起こさせないためには、現時点で企業が社会保障の一部を担うしかないのだろう。しかし企業にこんな重い足かせをつけていては、安倍内閣が目指す「成長戦略」など望めるはずもない。 【その他の仕事のエコノミクスの記事はこちら】
ヤマト運輸「高齢者の賃金維持」は美談なのか? またしても割を食う現役世代
日本経済新聞が、2013年7月30日付け朝刊の一面に「ヤマト、65歳まで賃金水準維持」という見出しを大きく載せている。16年度をメドに「高齢者活用へ新制度」なのだそうだ。
これだけ見ると、ヤマトの経営者は頑張ったとか、従業員思いだとかいう感想を持つ人もいるかもしれない。実際ツイッターには、この施策を絶賛するコメントが見られる。
「当たり前のことを実践してる素晴らしい企業」
「お金が働く人に環元されるのは素晴らしいこと」
「こういう社会貢献型の企業姿勢は評価したい」
しかし、会社が大きく儲けたわけでもないのに、一部の社員の待遇を上げることができるなんて、そんなうまい話があるだろうか。
そこで記事のグラフをよくよく見てみると、やっぱり40~50代の現役世代の賃金上昇が抑制されている。40歳代までの賃金上昇カーブは従来よりも大きいが、それ以降の上昇率は急激に低くなっている。
要するに、より若い世代からカネを取り上げ「40過ぎたら、もう給料は上がらないからね」と宣告しながら、そのカネを高齢者に振り分けて彼らの給与の底上げを図ろうとしている――。そう言っていいだろう。
現在60歳を迎えているのは、1953年生まれの世代。彼らは社会保障の面で「最後の勝ち組」と呼ばれている。学習院大学の鈴木亘教授の試算によると、1950年生まれの人は厚生年金の支払額と受給額の差はプラス770万円。要するに「もらい得」世代である。
一方、その下の世代、例えば現在40代前半の1970年生まれの人は、支払額と受給額の差はマイナス1050万円。現在の老人を支えるために「払い損」に甘んじるうえに、65歳雇用義務化のあおりを受け、またしても上の世代を支えるための犠牲になるのである。
とはいえ、この世代のサラリーマンには雇用の流動性が極めて低く、「終身雇用」の意識も根強いので、何をされようと会社にしがみつくしかない。飼いならされた「社畜」のごとく、おとなしく搾り取られることになりそうだ。
「少子化がいっそう進む」と危惧する声も
いまの日本は、まさに「老人天国」。「日本を取り戻す」というスローガンを掲げた党が、構造改革よりノスタルジックなバブル復活を求める高齢者の支持を集め、選挙で大勝利を収めた。
テレビも新聞も出版も、ネットリテラシーが低くカネ払いのよいお得意様は60代以上のご老人。「働き盛り世代の実質賃下げ」に焦点を当てる媒体はない。記事には「高齢者の労働意欲を引き出すには賃金面の改善が課題」とあるが、働き盛りの労働意欲はどうなるのか。
年金制度破綻の尻拭いをするために、国から「65歳まで企業で面倒を見ろ」と言われた手前、多くの企業は従うしかない。将来の生産年齢人口の減少を見越せば、高齢者の戦力化は課題ともいえる。しかしヤマトのような運送業において、高齢者の「労働意欲」は有意義な形で発揮されるのだろうか。
現場のパワーになっているのは、若手から中堅の有能で勤勉な社員と、汗をかくパートなど非正規雇用とアルバイトだ。彼らにしわ寄せを続けるやり方では、将来の市場を狭めることになりしないか。今回の「高齢者の賃金維持」によって現役世代の所得が削られれば、「少子化がいっそう進む」と危惧する声もある。
とはいえ、大企業の老人たちを路頭に迷わせて本当に困るのは、すでに30代に差し掛かった彼らの「すねかじり」「引きこもり」の息子や娘たち。深刻な社会不安を起こさせないためには、現時点で企業が社会保障の一部を担うしかないのだろう。しかし企業にこんな重い足かせをつけていては、安倍内閣が目指す「成長戦略」など望めるはずもない。
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