引っ越しサービス 縮む市場で8社が激突 質と利益の両立が課題 2013年3月19日 企業徹底研究 ツイート 桜が咲く頃は、進学や転勤に伴う引っ越しのシーズン。学校や職場も年度替わりを迎える、3月は最終週になると予約も難しくなり、見積りも高くなる。また、引っ越しをどこの業者に頼めばいいかが悩みのタネだ。その引っ越し業界は今、どうなっているのだろうか。 業界の動向を把握するには、「全国で1年にどのくらいの人が引っ越しをしているか」ということが指標となる。総務省の調査によると、ピーク時の1973年は853万人だったが、その後は減少。2012年は501万人になった。ここからわかるのは、引越し市場が長らく縮小傾向にあるということだ。 業界では、取り扱い件数の増加、受注単価の増加で縮む市場に対応。そして作業の効率化や作業質の向上はもちろん、単身者の引っ越しサービスを商品化化したり、掃除や不要品の引き取りといったオプションサービスなどを提供して需要拡大に努めてきた。 今年も引っ越しシーズンを迎えるが、アベノミクスで景気回復に期待が集まる中、市場は活性化するだろうか。そこで、今回は、引越しサービス業界について、キャリコネに寄せられた各社の社員の声を基に業界を分析していこう。 ◇ 大手8社の売上高は微増 報酬はどうか 引っ越しサービスには、どんなプレーヤーがいるのだろうか。業界を売上高で見てみると、以下のような顔ぶれになる。 ヤマトホームコンビニエンスは、「クロネコ」で有名なヤマトホールディングス(HD)の子会社、「0123」で知られるアート引越センターは、アートコーポレーションという会社が運営している。 また、「ハトのマークの引越センター」は、全国に18ある引越専門協同組合と175社の引越業者の連合体だ。「アリさんマーク」は引越社が行っている。 こうして見ると、業界は日本通運やヤマトHDなどの物流会社の一事業部門と、引っ越し専門の業者とが混在していることが分かる。上位8社の売上高の合計は、2007年度が2782億円、2011年度が2816億円。競争が激しく、売上順位は常に変動している。 では、社員の報酬はどのくらいの水準なのか。まず、「引っ越し実績ナンバーワン」と盛んに宣伝している日本通運から見てみよう。 「年2回ある賞与は月収に毛が生えた程度。運輸業自体給与が低いことで有名だが、世界をまたにかける大企業としてはもうちょっと正社員に貢献してもいいんじゃないかなぁ?」(日本通運、20代前半の男性社員、年収450万円) 他社はどうだろうか。 「私の友人と比べたら、もらっているほうなので満足しています。ただ、営業なので営業成績が良くなければ給料はあがりません。査定については、頑張ればそのまま反映されるので非常にやりがいがあり、目標もしっかり持って働くことができます」(アートコーポレーション、20代前半の男性社員、年収445万円) 「報酬に関してはいいとは言いがたいです。基本給は低いですし、労働時間が早朝から深夜になるにもかかわらず、残業手当があまりつきません。高給をもとめるのであればおすすめできません」(ヤマトHD、20代前半の男性契約社員、年収200万円) 「最初は誰もがセールスドライバーとして入社する事になりますので、引越し業務と営業活動を両方行います。世間が思っているほど『きつい体力仕事なのだから給料はそこそこいい』ということは全くありません。というか、最低です。給与は最初の保障給以降はどんどん下がっていくと思います」(引越社関東、30代前半の男性社員、年収250万円) ◇ 引っ越しは現場だけでなく営業も“辛い”仕事 引っ越しは、重い家具や家電製品などを持って運ぶ作業員の肉体的な辛さは想像を絶する。だから、現場からは、こんな声も聞こえてくる。 「夏場の現場での作業がそうとう辛い。契約の身であったので、一番つらい作業をさせられていたため、熱中症、脱水症状で倒れたこともある。アルバイトの方もつらそうだった」(サカイ引越センター、20台前半の男性契約社員) 「忙しい時は東京から秋田の引っ越しを日帰りでやらなければならない時もありました」(引越社・20代後半の男性正社員) 引っ越しの現場は、古い家だと、タンスを持ち上げたとたんにクモやゴキブリやネズミが一斉に飛び出してくることがある。さらに、上から物が降ってきたり、床が抜けて下に落ちるような“忍者屋敷”のような家もあり、生キズ承知の作業もあるという。ただ、時には親切な依頼主から差し入れやご祝儀をもらうという「ラッキー」な出来事もある。 また、芸能人や政治家などの引っ越しは、「費用は気にしない」というおいしい仕事に思えるが、「当日に平気でドタキャン」など俗世間の常識が通用しないこともあり、大変な面もあるそうだ。 一方で、大変なのは現場だけではない。引っ越しの見積りを取って回っている営業職の仕事も、現場作業とは別の意味でしんどいようだ。 「1件の見積もりに要する時間は1時間以内。その中でしっかり話を詰めていないとあとが大変です。また、一日に7件、ピーク時には10件以上のお客様宅を伺いますので、とにかく大変ですよ。体力、気力のない方でないと務まらないと思います」(アートコーポレーション、20代後半の男性社員) 見積りを出しても、必ず受注できるとは限らない。受注できても、見積りの不備が原因でクレームを言われれば、それは営業の責任になるのがつらいところだ。 引っ越し専業の会社のキャリアパスは、現場の作業員からリーダーになり、その経験を活かして営業部門や企画部門で仕事をするのが一般的。では、どんな人物がその階段を昇って出世できるのだろうか。 「自然と我慢強く働いていれば現場→営業→管理職という感じでステップアップしていきます。新卒や中途は関係ありませんので、誰でも出世はできます」(サカイ引越センター、20代後半の男性社員) 「もちろん成果をあげなければならないですが。基本的には、本社から言われたことをまっすぐにコツコツとこなしていくタイプの人が出世しています。逆に、結果は残していても本社の指示に従っていないとほとんど評価されません」(アーク引越センター、30代後半の男性社員) おおまかに言えば、「我慢すること」「愚直であること」が出世のチャンスが転がり込んでくる条件となるようだ。 ◇ 市場環境は厳しいが需要の掘り起こしは可能 今年の春はアベノミクスの効果で企業業績が回復して転勤が増え、消費税引き上げ前の駆け込み需要で住宅が売れるから引っ越しが多い年になると予想されている。しかし、引っ越し業界の未来は決してバラ色ではない。 運送業者にとって引っ越しがうま味のある現金商売だったのは昔の話だ。競争相手が増えたので、景気が悪ければ引っ越しの件数が減って顧客の奪いあいになり、見積りを安くしないと受注できないが、景気が良くなれば良くなったで、今度はアルバイトなど人手の奪いあいで人件費に圧迫されて利益が抑えられてしまうからだ。 さらに季節変動が激しいので、価格や固定経費のコントロールが難しい。また、「家具に傷がついた」などクレームをつけられて補償を求められるケースも増えており、街中の運送店が片手間にはできなくなっている。また、会社や役所のオフィスの引っ越しは以前はおいしい仕事だったが、今では経費節減で見積価格をどんどん叩かれるため、酸っぱい仕事と化している。 明るい材料がないと思われる引っ越し業界だが、それでも少子高齢化や一人暮らし世帯の増加で、個人需要の中に利益確保のヒントはある。例えば、「サラリーマンが家具付きマンションに単身赴任する」「高齢者が必要最小限の家財だけ持って老人ホームに一時入所する」「若年層が身の回りの品プラスアルファだけ持ってシェアハウスなどで試しに暮らしてみる」といった場合、引っ越しほど大げさではないが軽トラック1台分ぐらいを遠くに運ぶ必要が出てくる。 これは「プチ引っ越し」とか「ミニ引っ越し」と呼ばれている需要で、それだけを狙った格安引っ越し業者も出現しているが、時間通りに来ない、物を壊されたなど一部でトラブルも起きている。だから、しっかりした業務態勢、技術、品質保証を持つ大手・中堅なら、見積金額が少々高くても消費者から選ばれる可能性は低くはないだろう。 しかし、いかに新サービスを生みだしても、常に求められるのは「迅速、ていねい、安全、親切、融通がきいて、しかも安く」。これは100年前も同じで、おそらく100年後も変わらないだろう。利用者の意向をくみ取りながら、収益を確保する。この課題と常に向き合っていかなければならないのが、この業界の難しさといえるだろう。
引っ越しサービス 縮む市場で8社が激突 質と利益の両立が課題
桜が咲く頃は、進学や転勤に伴う引っ越しのシーズン。学校や職場も年度替わりを迎える、3月は最終週になると予約も難しくなり、見積りも高くなる。また、引っ越しをどこの業者に頼めばいいかが悩みのタネだ。その引っ越し業界は今、どうなっているのだろうか。
業界の動向を把握するには、「全国で1年にどのくらいの人が引っ越しをしているか」ということが指標となる。総務省の調査によると、ピーク時の1973年は853万人だったが、その後は減少。2012年は501万人になった。ここからわかるのは、引越し市場が長らく縮小傾向にあるということだ。
業界では、取り扱い件数の増加、受注単価の増加で縮む市場に対応。そして作業の効率化や作業質の向上はもちろん、単身者の引っ越しサービスを商品化化したり、掃除や不要品の引き取りといったオプションサービスなどを提供して需要拡大に努めてきた。
今年も引っ越しシーズンを迎えるが、アベノミクスで景気回復に期待が集まる中、市場は活性化するだろうか。そこで、今回は、引越しサービス業界について、キャリコネに寄せられた各社の社員の声を基に業界を分析していこう。
◇
大手8社の売上高は微増 報酬はどうか
引っ越しサービスには、どんなプレーヤーがいるのだろうか。業界を売上高で見てみると、以下のような顔ぶれになる。 ヤマトホームコンビニエンスは、「クロネコ」で有名なヤマトホールディングス(HD)の子会社、「0123」で知られるアート引越センターは、アートコーポレーションという会社が運営している。
また、「ハトのマークの引越センター」は、全国に18ある引越専門協同組合と175社の引越業者の連合体だ。「アリさんマーク」は引越社が行っている。
こうして見ると、業界は日本通運やヤマトHDなどの物流会社の一事業部門と、引っ越し専門の業者とが混在していることが分かる。上位8社の売上高の合計は、2007年度が2782億円、2011年度が2816億円。競争が激しく、売上順位は常に変動している。
では、社員の報酬はどのくらいの水準なのか。まず、「引っ越し実績ナンバーワン」と盛んに宣伝している日本通運から見てみよう。
「年2回ある賞与は月収に毛が生えた程度。運輸業自体給与が低いことで有名だが、世界をまたにかける大企業としてはもうちょっと正社員に貢献してもいいんじゃないかなぁ?」(日本通運、20代前半の男性社員、年収450万円)
他社はどうだろうか。
「私の友人と比べたら、もらっているほうなので満足しています。ただ、営業なので営業成績が良くなければ給料はあがりません。査定については、頑張ればそのまま反映されるので非常にやりがいがあり、目標もしっかり持って働くことができます」(アートコーポレーション、20代前半の男性社員、年収445万円)
「報酬に関してはいいとは言いがたいです。基本給は低いですし、労働時間が早朝から深夜になるにもかかわらず、残業手当があまりつきません。高給をもとめるのであればおすすめできません」(ヤマトHD、20代前半の男性契約社員、年収200万円)
「最初は誰もがセールスドライバーとして入社する事になりますので、引越し業務と営業活動を両方行います。世間が思っているほど『きつい体力仕事なのだから給料はそこそこいい』ということは全くありません。というか、最低です。給与は最初の保障給以降はどんどん下がっていくと思います」(引越社関東、30代前半の男性社員、年収250万円)
◇
引っ越しは現場だけでなく営業も“辛い”仕事
引っ越しは、重い家具や家電製品などを持って運ぶ作業員の肉体的な辛さは想像を絶する。だから、現場からは、こんな声も聞こえてくる。
「夏場の現場での作業がそうとう辛い。契約の身であったので、一番つらい作業をさせられていたため、熱中症、脱水症状で倒れたこともある。アルバイトの方もつらそうだった」(サカイ引越センター、20台前半の男性契約社員)
「忙しい時は東京から秋田の引っ越しを日帰りでやらなければならない時もありました」(引越社・20代後半の男性正社員)
引っ越しの現場は、古い家だと、タンスを持ち上げたとたんにクモやゴキブリやネズミが一斉に飛び出してくることがある。さらに、上から物が降ってきたり、床が抜けて下に落ちるような“忍者屋敷”のような家もあり、生キズ承知の作業もあるという。ただ、時には親切な依頼主から差し入れやご祝儀をもらうという「ラッキー」な出来事もある。
また、芸能人や政治家などの引っ越しは、「費用は気にしない」というおいしい仕事に思えるが、「当日に平気でドタキャン」など俗世間の常識が通用しないこともあり、大変な面もあるそうだ。
一方で、大変なのは現場だけではない。引っ越しの見積りを取って回っている営業職の仕事も、現場作業とは別の意味でしんどいようだ。
「1件の見積もりに要する時間は1時間以内。その中でしっかり話を詰めていないとあとが大変です。また、一日に7件、ピーク時には10件以上のお客様宅を伺いますので、とにかく大変ですよ。体力、気力のない方でないと務まらないと思います」(アートコーポレーション、20代後半の男性社員)
見積りを出しても、必ず受注できるとは限らない。受注できても、見積りの不備が原因でクレームを言われれば、それは営業の責任になるのがつらいところだ。
引っ越し専業の会社のキャリアパスは、現場の作業員からリーダーになり、その経験を活かして営業部門や企画部門で仕事をするのが一般的。では、どんな人物がその階段を昇って出世できるのだろうか。
「自然と我慢強く働いていれば現場→営業→管理職という感じでステップアップしていきます。新卒や中途は関係ありませんので、誰でも出世はできます」(サカイ引越センター、20代後半の男性社員)
「もちろん成果をあげなければならないですが。基本的には、本社から言われたことをまっすぐにコツコツとこなしていくタイプの人が出世しています。逆に、結果は残していても本社の指示に従っていないとほとんど評価されません」(アーク引越センター、30代後半の男性社員)
おおまかに言えば、「我慢すること」「愚直であること」が出世のチャンスが転がり込んでくる条件となるようだ。
◇
市場環境は厳しいが需要の掘り起こしは可能
今年の春はアベノミクスの効果で企業業績が回復して転勤が増え、消費税引き上げ前の駆け込み需要で住宅が売れるから引っ越しが多い年になると予想されている。しかし、引っ越し業界の未来は決してバラ色ではない。
運送業者にとって引っ越しがうま味のある現金商売だったのは昔の話だ。競争相手が増えたので、景気が悪ければ引っ越しの件数が減って顧客の奪いあいになり、見積りを安くしないと受注できないが、景気が良くなれば良くなったで、今度はアルバイトなど人手の奪いあいで人件費に圧迫されて利益が抑えられてしまうからだ。
さらに季節変動が激しいので、価格や固定経費のコントロールが難しい。また、「家具に傷がついた」などクレームをつけられて補償を求められるケースも増えており、街中の運送店が片手間にはできなくなっている。また、会社や役所のオフィスの引っ越しは以前はおいしい仕事だったが、今では経費節減で見積価格をどんどん叩かれるため、酸っぱい仕事と化している。
明るい材料がないと思われる引っ越し業界だが、それでも少子高齢化や一人暮らし世帯の増加で、個人需要の中に利益確保のヒントはある。例えば、「サラリーマンが家具付きマンションに単身赴任する」「高齢者が必要最小限の家財だけ持って老人ホームに一時入所する」「若年層が身の回りの品プラスアルファだけ持ってシェアハウスなどで試しに暮らしてみる」といった場合、引っ越しほど大げさではないが軽トラック1台分ぐらいを遠くに運ぶ必要が出てくる。
これは「プチ引っ越し」とか「ミニ引っ越し」と呼ばれている需要で、それだけを狙った格安引っ越し業者も出現しているが、時間通りに来ない、物を壊されたなど一部でトラブルも起きている。だから、しっかりした業務態勢、技術、品質保証を持つ大手・中堅なら、見積金額が少々高くても消費者から選ばれる可能性は低くはないだろう。
しかし、いかに新サービスを生みだしても、常に求められるのは「迅速、ていねい、安全、親切、融通がきいて、しかも安く」。これは100年前も同じで、おそらく100年後も変わらないだろう。利用者の意向をくみ取りながら、収益を確保する。この課題と常に向き合っていかなければならないのが、この業界の難しさといえるだろう。