「時代の変化をキャッチして、ぱっと切り替える」老舗「柿安」の意外なチャレンジ精神

さまざまなグルメ店が軒を連ねるデパート地下の食品売り場、通称「デパ地下」。華やかな雰囲気の中、お客の目の前で調理を行う「店頭厨房」は、見た目の楽しさと出来立てのおいしさを提供できるため、いまやデパ地下の目玉といってよい。

この「店頭厨房」を最初に導入したのが、デパ地下で人気No.1の惣菜店「柿安ダイニング」を経営する「柿安本店」だという。2014年5月1日の「カンブリア宮殿」（テレビ東京）は、この店の果敢な挑戦を紹介していた。

柿安本店は、明治4年に現在の三重県桑名市で創業。いまでは有名デパートやショッピングセンターを中心に、精肉店や洋惣菜を展開。料亭やビュッフェレストラン、和菓子店も運営している。

若き店長に委ねられる「大きな裁量」

取材をした西武池袋本店では、他の惣菜店がセントラルキッチンなどで調理済みの商品を並べる中、柿安だけがデパート内に専用厨房を持ち、プロの料理人によるこだわりの惣菜を作りたてで提供していた。

1200円ほどの「牛めし弁当」は、年間150万食も売れる大ヒット商品。上質の和牛を丁寧に鍋で煮る様子に、通りがかりのお客も惹きつけられている。

厨房スタッフのほとんどが、前職は和食レストランやイタリアンで経験を積んだ名うての料理人。デパートにとって、売り場を削って厨房にすることはマイナスのようにも見えるが、西武池袋本店・食品部の竹内直之さんは、この見方を否定する。

「柿安さんの品揃えと販売力には、将来性がある。あれだけのスペースをご用意する価値があるのです」

すべての惣菜を均等にタテに盛る「攻め盛り」で客にアピール。山盛りで色鮮やかな惣菜に、客は引き寄せられる。時間ごとに変わる客層に合わせて何をどれだけ作るかは、店長の采配に任されていた。

午後4時を過ぎると、手づくりメンチカツ（185円）が飛ぶように売れる。池袋本店の店長・花輪俊宏さんは、専用厨房に「明日分の材料を使ってでも140個追加」と指示して、30分で売り切った。まだ20代らしき花輪さんは、仕事のやりがいをこう語る。

「売り場に店長がいて、厨房に料理長がいる。この協力によって売り上げも店の雰囲気も変わってくる。そこがうまくかみ合った時に、やっていてよかったと思う」

現社長で6代目の赤塚保正氏は「店長の采配が失敗したときはどうするのか？」という小池栄子の質問に、こう答えた。

「失敗を恐れると挑戦しなくなるので、失敗してもいいよと言っています。店長の中でも商売感覚、『商感』がある人は、20代前半でもどんどん挑戦していきます」

江戸末期、創業者の赤塚安次郎は青果の行商をしていた。美味しい柿を売ると評判で「柿屋の安さん」と呼ばれていたことが社名の由来だ。

赤塚社長によると、安次郎氏は伊勢参りの人々から「いま江戸で流行っているのは牛鍋」と聞いて、わざわざ「牛鍋を食べに」江戸まで出かけて行き、これは流行ると確信したという。

「時代の変化をキャッチして、ぱっと切り替えるのは、柿安の、赤塚家のDNAですね」

これには番組編集長の村上龍氏も「三重県から、当時歩いて行くしかなかった江戸に？」と一瞬吹き出してしまうくらい驚いていた。

牛鍋屋は人気を博し、2代目は牛の飼育を手掛け、その後の跡取りたちも業態を拡大させながら、140年以上かけて「食の総合企業」へと変貌を遂げてきた。

そんな柿安も、2001年に起こった「BSE（牛海綿状脳症）問題」で最大の危機に陥る。消費者の牛肉離れが広がり、翌年は創業以来初の1億8000万円の赤字に転落した。

しかし会社は従業員を1人もリストラせず、「今後必ず伸びる」と睨んだ総菜店の出店を拡大することでV字回復を成し遂げた。まさに、ピンチをチャンスに変えた柿安DNAの経営判断だろう。

現社長は6代目を継ぐとき、「経営理念以外のすべてを変えていい」と5代目の父・赤塚保氏に言われた。村上龍氏はこれを「好きに変えろ」は優しさではなく、厳しさだと見抜く。

伝統を守るだけでは先が見えている、必ず変えろと言われているようなものだ。「おいしいものをお値打ちに提供する」という経営理念を守りつつ、柿安が受け継いできたものは「飽くなき挑戦者魂」だと感じた。（ライター：okei）