• 無漂白もやしの開発、パラグアイへの進出… 業界のタブーに挑むサラダコスモ

    「中国産のもやしは、漂白剤や化学物質が使われているから危ない!」――そんな話が出ているが、40年ほど前までは日本でも、もやしを漂白剤で白くするのが当たり前だったというから驚きだ。

    2014年5月1日の「カンブリア宮殿」(テレビ東京)は、業界の常識を覆して無漂白・無添加のもやしを全国に普及させたサラダコスモ社長の中田智洋氏を紹介していた。

    業界からの「無言の圧力」にも負けず

    岐阜県中津川市にあるサラダコスモは、1945年創業の野菜生産メーカー。社員110人で年商72億円、33年連続黒字を達成している。先代はもともとラムネ飲料の製造販売をしており、もやしは「冬の副業」として栽培していた。

    子どものころから家業を手伝っていた中田氏は、体にいいはずがない塩素系漂白剤の使用に疑問を感じていたという。

    「これを親戚のおじさんやおばさんも食べる。生まれた子どもも食べる。これ食べたらどうなる?」

    会社を継いだ中田氏は、「無漂白のもやしをつくろう」と一大決心。1974年に開発に成功したものの色が悪く、売れない日々が続く。

    厳しい状況のなか「安心・安全」の触れこみで生協が取引をしてくれた。当初は業界からの「無言の圧力を感じた」というが、食の安全が話題となってきた時期とも重なり、10年ほどですべての生産者が無漂白もやしを作るようになった。

    経営は順調に成長したが、大きな危機もあった。1996年の「O-157事件」で、商品のひとつだったカイワレ大根が食中毒の原因と疑われ、全く売れなくなったのだ。社員たちは泣きながら、カイワレを焼却処分していたという。

    「私たちが原因ではなく、社員に責任はないし、ぬれぎぬのような状態。私がおかしな判断をして社員が失望するような言葉なんて口から出したら(ダメだと思い)、『最高にかっこいい話をするぞ』と決めて社員の前に立った」

    危機にも「雇用は守る、減給もしない」

    カイワレ業者の半数が倒産の憂き目にあっていたころ、「雇用は守る、減給もしない」とパートを含む全社員に誓った。社長の話を聞いた従業員たちは、なんとかしようと都市部のスーパーへ出向き、試食販売などの努力を続けピンチをしのいだという。

    その後は「大儲けするよりもつぶれない工夫だ」と、豆苗やスプラウトなど10品種を栽培してリスク分散を図っている。25年前、中田氏がオランダの市場で見つけてひとめぼれしたという「ちこり」もその一つだ。

    ちこりの生産は、過疎化する地元・中津川の活性のためにも一役買っている。休耕地を活用してちこりの種芋を育てる一方、2006年「ちこり村」という施設を作って高齢者の雇用も創出した。

    さらに中田社長は、もやしの種豆を輸入に頼らず南米パラグアイで自社生産しようとしている。非遺伝子組み換え大豆で実績がある日系移民農家たちの技術を借りて、農園を開墾し試験栽培中だ。

    VTRを見た番組編集長の村上龍が「わくわくして楽しそうですね。美味しいもやしを作りたいんでしょ」と言うと、中田氏は、

    「見ててくださいよ~。すごいよこれは」

    と、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

    本気で取り組む人にだけが分かる「次の道」

    多くの人から「パラグアイはもやし栽培には適してない」と声があがる中で、中田氏は「自分で確かめてみたい」と言って譲らない。

    「絶対にできないのか。長い人生、本気で取り組んで、挫折をしても生きていこうと思う人には、ちゃんと宇宙というか神様が、次の道を、そこまで行った人にだけ分かるようにしてくれている」

    苦労はしても報われてきた経験が言わせる言葉だろう。中田氏には、どこか子供のように無邪気な面があり、言い方は悪いかもしれないが「人たらし」という言葉が頭に浮かんだ。経営者に限らず、組織を動かそうとする人に大事な資質だろう。

    中田社長が野菜に対する愛を語るたびに、村上氏もあたたかく微笑んでいたのが印象的だった。カイワレショックの話では、社員の気持ちを想い涙ぐんでいた。「いい涙ですよ」と取材スタッフに言われた時「ダメダメ!おれは強いことになってんだから!(カットして)」と強がるしぐさで答えていた。(ライター:okei)

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