介護業界 成長産業なのに働く環境はブラック企業以上にブラック 2012年9月13日 企業徹底研究 ツイート 9月17日は「敬老の日」。老人ホームやデイケアセンターなどの高齢者介護施設では、この日の前後に市長や幼稚園児が花束を持って訪問する行事などが行われる。 そんな介護業界について、「これから大きく成長する」という認識は、日本人なら誰もが持っている。 実際、人口のボリュームが大きい「団塊の世代」が、今、介護保険で高齢者とみなされる「第1号被保険者(65歳以上)」になだれ込んでいる。 その数は2014年までの3年間で664万4000人、2016年までの5年間では1000万人を超えると推計されている。その全員が介護保険のお世話になるわけではないが、介護を受ける人の数は確実に増える。 そして、数字の上では業界は成長している。市場規模を示す統計数字と使われる厚生労働省の「介護保険の総費用(介護保険からの給付額と利用者負担分を合算した数字)」によると、介護保険が発足した2000年度に比べ、2012年度(当初予算)は約2.5倍にふくらんだ。 今の日本で年平均20%強の成長が10年以上続いている業界など、他には見当たらない。 だが、介護業界ほど、「成長」という言葉が空しく響く業界はない。 2010年に閣議決定された「新成長戦略」の「厚生労働分野における新成長戦略について」では、2020年の介護の市場規模は19兆円と試算されている。 「年率20%以上の成長スピードで、今後、8年間で今の2倍以上になる日本で一番の成長業種」と聞くと、「将来はバラ色で給料は良くて出世も早いぞ」と、就職希望者が押しかけて優秀な人材を集まりそうだが、現実は全くの逆だ。 財団法人介護労働安定センターの「介護労働実態調査(平成23年度)」の調査結果によると、平均賃金は管理職にあたるサービス提供責任者で22万4791円、施設内の介護職員で19万5247円、訪問介護員で18万8975円。パート・アルバイトの時給は、訪問介護員は1235円、施設内の介護職員は898円だ。 一方、労務行政研究所の調査によると、今年4月入社の大卒新入社員の初任給の平均は20万4782円。リクルートが今年4月に調査した「アルバイト・パート全国エリア別募集時平均時給調査」では、三大都市圏の平均時給は941円だった。 統計が示すのは、何年働いても大卒初任給以下の給料しかもらえない正社員、最低レベルの時給で働いているパート・アルバイトが、介護業界には山のようにいるということだ。 介護労働安定センターが介護職員にアンケート調査した介護労働実態調査では、「仕事内容のわりに賃金が低い」(44.2%)、「人手が足りない」が40.2%、「有給休暇が取りにくい」(36.1%)、「身体的負担が大きい(腰痛や体力に不安がある)」(30.8%)という労働条件等への不満の声があがっている 今回は、この介護業界について、サービス各社社員の口コミなどを元に分析してみよう。 ◇ 家族を養えないから辞める「男の寿退社」が珍しくない 高齢者や身障者の介護という仕事自体は昔からあった。それが日本で一つの「産業」として確立したのは2000年の介護保険法の施行以降のことだ。 自治体や社会福祉団体やボランティアが担っていた分野に民間企業が参入。介護業界が形成された。しかし、収入は介護保険にほぼ全面的に依存するため、大手は介護保険適用外の事業と兼営している企業がほとんどだ。売上高ランキングを見てみよう。 上位10社は全て上場企業だ。ニチイ学館は医療事務の受託、ベネッセホールディングス(HD)は、出版と通信教育、ツクイは土木工事業、セコムは警備業、ワタミは居酒屋チェーン、ユニマットそよ風は臨床検査の受託、メディカル・ケア・サービスは不動産業から介護事業に進出した。 最初から介護関連の事業で創業したのはメッセージ、セントケアホールディング(HD)、ジャパンケアサービスグループの3社。しかし、この3社も有料老人ホームの入居金や利用料など、介護保険適用外のサービスが大きな収入源になっている。 各社とも介護の現場から聞こえてくる声は、やはり報酬水準の低さへの不満が満ちあふれている。 介護事業の売上高で2位以下を大きく引き離して業界首位のニチイ学館の社員も状況は全く同じで、ベテラン職員からはこんな声もある。 「いまのままでは若い人は定着しないのではないかとも思われます。普通の企業クラス位の給料形態でないと若い人がいなくなるのではと思われます。結婚生活していけるかとの疑問が発生し介護の世界から辞めていくパターンが多いと思われる。この悪循環を解消しないと、若い人は育たないと思います」(ニチイ学館、50代後半の男性社員、年収312万円) 事実、大学で福祉を勉強して、夢と希望を抱いて入社し、介護現場で活躍していた男性社員が、「結婚して家族を養わなければならないの辞めます」と言って、全く畑違いの業界に転職していく「男の寿退社」現象が、業界では日常茶飯事のようにある。 介護業界には、意欲にあふれていた優秀な人材をすりつぶし、絶望させるものがあるのだ。しかし、そのストレスのはけ口は、会社や厚生労働省には向かない。 ダサいユニフォーム、認知症で手間のかかる利用者、「ゴミ屋敷」を訪問する苦痛、わからず屋の上司、疑問のある介護計画を立て平気なケアマネージャー、人手不足のため高い給料で雇われた看護師への“口撃”になったりするのだ。 「給料安い! 残業が多すぎる。こっちばかり仕事していて、それでいて看護師は大して仕事していないのに高給取りなのがさらにムカつく。満足な点は特にありません。とにかく看護師に全部持っていかれるような感じです」(ニチイ学館、20代後半の男性社員、年収250万円) ニチイ学館以外の会社でも介護事業で「報酬、勤務時間、待遇に不満なし」という社員の声はほとんどない。 「みなし残業40時間。訪問介護のため朝から稼働、事務所に帰って事務処理をし、ほぼ毎日が残業2~3時間。激務のため前任者たちは退職に次ぐ退職。残業を減らすよう、と指示があるものの、現場への稼働時間を減らそうとしない上司。管理者としてどうかと思う」(ベネッセHD傘下のベネッセスタイルケア、30代前半の女性社員) 「一部上場に当たり、『会社は従業員のやる気で決まると言われています。従業員の皆様、これからもよろしくお願いします』旨の通達がきていた。にもかかわらず、『人件費率45%以下を目指します』という貼り紙がされている。人件費を削ろうというお達しを目の当たりにして、やる気が出る人がいたら教えてほしい」(ツクイ、30代前半の女性社員) 一方で、介護現場には独特の雰囲気がある。それに慣れない人は居心地が悪くなり、どんどん辞めていくという側面もある。 残った社員は辞めた人の業務を負担し、新人の教育係もしなければならず、安月給のまま業務量は増加。ストレスやウップンはますます蓄積する。そんな悪循環が口コミから容易に読み取れる。 ◇ 収入を公的保険に依存しているとお役所的な体質になる 収入を健康保険に依存する病院と同様で、収入を介護保険にほぼ全面的に依存する介護サービス会社は、民間でありながら社内体質は“お役所的”になっているという。 「意思決定が遅い」、お上から下りてくる基準や通達を基に社内ルールや詳細なマニュアルを作り、介護職員の行動をがんじがらめに縛る「マニュアル主義」、お上のご機嫌を損ねないように都合の悪いことはもみ消す「事なかれ主義」などは、その典型だ。 例えば、経営者が外部に向けて「利用者様への個別対応で質の高いサービスを目指します」ときれい事を言う。 その言葉を受けて、意欲ある社員が現場で、個別対応をしようとする。すると、上司は「そんなことをして他の年寄り連中からクレームが出たら誰が責任をとるんだ、オマエ」と言って止めさせる。ニチイ学館の30代前半の男性社員は、次のように訴えている。 「社内のマニュアルやルールを何よりも重んじるため、地域性やユーザーの状況を鑑みた個別の対応は殆ど出来ません。多くのことの決裁権は本社の上層部が持っており、決裁が下りるまでの時間がモノ凄くかかります。かかった上に決裁が下りないということもこれまで何度もありました。これでは社員のやる気、さらにはユーザーの信用さえも失ってしまうのでは。というか現に失われています」 こうした環境では、サービスや社内システムの改善に努力しようとする人材は絶対に育たない。 「長い物には巻かれるしかない」「変にがんばらず、上の言う通り、マニュアルに書かれている通りにやれば楽。どうせ給料は安いんだし」という後ろ向きの気持ちに支配され、いわゆる「指示待ち族」を大量に生み出すだけだ。 社員のやる気を奮い立たせたかったら、指示待ち族にならないように権限を移譲して思い切ってやらせてみるなど、先にやるべきことがあるはずだ。 一方で、人材面では、福祉の世界に進む人は「まじめで性格のいい努力家が多い」という世間のイメージと現実は、まるで違うという指摘もある。 「現場て働く職員は、必ずしも介護の仕事からイメージされるような優しい人間ばかりではありません。残念ながらほかに働き口がないような人も多いわけで、そういう人は、他人を蹴落としてでも、ここにしがみつこうとします。本当に理想を持った人たちとの出会いは、現実には難しいかもしれません」(ツクイ、30代後半の男性社員) かつての高度経済成長時代、公立学校の教師は給料が安く不人気だったので、「教師でもやるか」「教師ぐらいしかできない」という「デモ・シカ教師」が増え問題になった。今は介護業界に「デモ・シカ介護職員」が多いようだ。 介護業界の人材の質を上げるには、待遇を良くして介護職員を人気職種にし、「デモ・シカ」では入社できないようにするのが一番なのかもしれない。 安月給に苦しんでいる社員も、政府が言っているように介護が成長業種であることは認める。会社の将来性にも少しは期待する。ただ、そのためには条件があると言う。 「医療・福祉分野で常にトップできており、ブランド力もあって社会的に認知されている。問題がないわけではないが、福祉分野のリーディングカンパニーとして積極的に取り組んでいるため、将来性はある。しかし、他業種に比べて給料が安いことや仕事のきつさはこの業界にはつきもののため、優秀な人材の確保と従業員自身がやりがいをどうみつけられるかによって、将来性は大きく変わってくる」(ニチイ学館、20代後半の男性社員) 少なくとも、この男性は、介護業界が将来のためにどうすればいいか、わかっているようだ。 ◇ 政治が変わらない限り、介護業界に救いはないのか? 「ブラック企業」という言葉は今やすっかり一般に定着した。介護業界の苛酷な現場は、他業界のブラック企業と状況こそ似ているが、根本的に異なる部分がある。 一般のブラック企業は、「自分たちの金儲けのために若手社員を薄給で酷使し、使い捨て」にする。 しかし、介護業界が薄給な理由は、経営者がカネの亡者だからではなく、介護保険法の縛りがかかっているからだ。 法律によって収入の基礎となる「介護報酬」は、細かく区分などが決められている。経営者は、支給される報酬の範囲内でコスト計算し事業を運営しなければならない。その額も決して大きいわけではない。 そして、収入を介護保険に依存するため、お上が決めた介護報酬が安ければ、そこで働く者の給料も安くなる。もし、「社員に労働に見合う賃金を払おう」と人件費を増やすと、倒産しかねない。それは恵まれない境遇を嘆く社員たちも、わかっているだろう。 そのため、介護サービス各社は民間企業でありながらほとんど「公営ブラック職場」と化している。 ブラック企業は、経営者が心変わりすればブラック企業ではなくなる。 しかし、介護業界は経営者がどんなに優れた人でも、一企業の改善の努力だけでは状況を変えることはできない。その意味では「ブラック以上にブラック」な側面を持っている。 状況を変えられるのは「政治」だけだ。自公連立政権下で決まった2006年の介護保険法改正は介護業界にとっては改悪で、介護報酬はそれまでより低く抑えられた。 2009年の総選挙で民主党は「介護職員に4万円の賃上げ」をマニフェストに明記して大勝し、政権交代を果たした。しかし、2010年の参議院選挙では、民主党のマニフェストからその文言はきれいさっぱり消えていた。公約と言うには、あまりにも軽すぎる扱いだ。 厚生労働省は2009年10月から職員1人当たり1万5000円の「介護職員処遇改善交付金」(現在は介護報酬内の「介護職員処遇改善加算」)を支給し始めた。 だが、これは、かつての自公連立政権の置き土産で、民主党政権が始めたことではない。しかも、公約の4万円の賃上げにはほど遠い金額である。 最近になって厚生労働省は「財源の制約も考慮し処遇改善施策の取り扱いを検討すべき」と言いだした。その意味は、「財政が苦しくて介護職員の待遇改善に回せるカネなどないから、我慢してくれないか」ということだ。 お上がそんな調子だから、この先、政権交代が再び起きようと、状況の改善はあまり望めそうにない。介護業界が貴重な人材を失う「男の寿退社」は、まだまだ続きそうだ。 サービス業は、人がいなくなればサービスを提供できない。 もし、財政難を理由に介護報酬が再び引き下げられたら、介護業界の人手不足はいっそう深刻化するだろう。すると、大都市を中心に介護保険の適用は順番待ちになり、要介護認定を受けても誰も面倒をみてくれない「介護難民」があふれることになる。 そして、順番を待っている間に高齢者が不慮の死を遂げる事件がメディアをにぎわせ、長寿国ニッポンの平均寿命は低下していく。順番に手心を加えた公務員が収賄で逮捕される事件や、特別養護老人ホームの裏金ヤミ入所事件なども起こりそうだ。 将来、そんな悪夢のような世の中が来ないと誰が断言できるだろうか? 2ケタ成長を続けるのに、未来がこんなにも暗い業界は他にはない。 *「キャリコネ」は、社員が投稿した企業に関する口コミ、年収情報、面接体験などを共有するサイトです。2012年8月末現在、45万社、19万件の口コミが登録されています。
介護業界 成長産業なのに働く環境はブラック企業以上にブラック
9月17日は「敬老の日」。老人ホームやデイケアセンターなどの高齢者介護施設では、この日の前後に市長や幼稚園児が花束を持って訪問する行事などが行われる。
そんな介護業界について、「これから大きく成長する」という認識は、日本人なら誰もが持っている。
実際、人口のボリュームが大きい「団塊の世代」が、今、介護保険で高齢者とみなされる「第1号被保険者(65歳以上)」になだれ込んでいる。
その数は2014年までの3年間で664万4000人、2016年までの5年間では1000万人を超えると推計されている。その全員が介護保険のお世話になるわけではないが、介護を受ける人の数は確実に増える。
そして、数字の上では業界は成長している。市場規模を示す統計数字と使われる厚生労働省の「介護保険の総費用(介護保険からの給付額と利用者負担分を合算した数字)」によると、介護保険が発足した2000年度に比べ、2012年度(当初予算)は約2.5倍にふくらんだ。
今の日本で年平均20%強の成長が10年以上続いている業界など、他には見当たらない。
だが、介護業界ほど、「成長」という言葉が空しく響く業界はない。
2010年に閣議決定された「新成長戦略」の「厚生労働分野における新成長戦略について」では、2020年の介護の市場規模は19兆円と試算されている。
「年率20%以上の成長スピードで、今後、8年間で今の2倍以上になる日本で一番の成長業種」と聞くと、「将来はバラ色で給料は良くて出世も早いぞ」と、就職希望者が押しかけて優秀な人材を集まりそうだが、現実は全くの逆だ。
財団法人介護労働安定センターの「介護労働実態調査(平成23年度)」の調査結果によると、平均賃金は管理職にあたるサービス提供責任者で22万4791円、施設内の介護職員で19万5247円、訪問介護員で18万8975円。パート・アルバイトの時給は、訪問介護員は1235円、施設内の介護職員は898円だ。
一方、労務行政研究所の調査によると、今年4月入社の大卒新入社員の初任給の平均は20万4782円。リクルートが今年4月に調査した「アルバイト・パート全国エリア別募集時平均時給調査」では、三大都市圏の平均時給は941円だった。
統計が示すのは、何年働いても大卒初任給以下の給料しかもらえない正社員、最低レベルの時給で働いているパート・アルバイトが、介護業界には山のようにいるということだ。
介護労働安定センターが介護職員にアンケート調査した介護労働実態調査では、「仕事内容のわりに賃金が低い」(44.2%)、「人手が足りない」が40.2%、「有給休暇が取りにくい」(36.1%)、「身体的負担が大きい(腰痛や体力に不安がある)」(30.8%)という労働条件等への不満の声があがっている
今回は、この介護業界について、サービス各社社員の口コミなどを元に分析してみよう。
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家族を養えないから辞める「男の寿退社」が珍しくない
高齢者や身障者の介護という仕事自体は昔からあった。それが日本で一つの「産業」として確立したのは2000年の介護保険法の施行以降のことだ。
自治体や社会福祉団体やボランティアが担っていた分野に民間企業が参入。介護業界が形成された。しかし、収入は介護保険にほぼ全面的に依存するため、大手は介護保険適用外の事業と兼営している企業がほとんどだ。売上高ランキングを見てみよう。
上位10社は全て上場企業だ。ニチイ学館は医療事務の受託、ベネッセホールディングス(HD)は、出版と通信教育、ツクイは土木工事業、セコムは警備業、ワタミは居酒屋チェーン、ユニマットそよ風は臨床検査の受託、メディカル・ケア・サービスは不動産業から介護事業に進出した。
最初から介護関連の事業で創業したのはメッセージ、セントケアホールディング(HD)、ジャパンケアサービスグループの3社。しかし、この3社も有料老人ホームの入居金や利用料など、介護保険適用外のサービスが大きな収入源になっている。
各社とも介護の現場から聞こえてくる声は、やはり報酬水準の低さへの不満が満ちあふれている。
介護事業の売上高で2位以下を大きく引き離して業界首位のニチイ学館の社員も状況は全く同じで、ベテラン職員からはこんな声もある。
「いまのままでは若い人は定着しないのではないかとも思われます。普通の企業クラス位の給料形態でないと若い人がいなくなるのではと思われます。結婚生活していけるかとの疑問が発生し介護の世界から辞めていくパターンが多いと思われる。この悪循環を解消しないと、若い人は育たないと思います」(ニチイ学館、50代後半の男性社員、年収312万円)
事実、大学で福祉を勉強して、夢と希望を抱いて入社し、介護現場で活躍していた男性社員が、「結婚して家族を養わなければならないの辞めます」と言って、全く畑違いの業界に転職していく「男の寿退社」現象が、業界では日常茶飯事のようにある。
介護業界には、意欲にあふれていた優秀な人材をすりつぶし、絶望させるものがあるのだ。しかし、そのストレスのはけ口は、会社や厚生労働省には向かない。
ダサいユニフォーム、認知症で手間のかかる利用者、「ゴミ屋敷」を訪問する苦痛、わからず屋の上司、疑問のある介護計画を立て平気なケアマネージャー、人手不足のため高い給料で雇われた看護師への“口撃”になったりするのだ。
「給料安い! 残業が多すぎる。こっちばかり仕事していて、それでいて看護師は大して仕事していないのに高給取りなのがさらにムカつく。満足な点は特にありません。とにかく看護師に全部持っていかれるような感じです」(ニチイ学館、20代後半の男性社員、年収250万円)
ニチイ学館以外の会社でも介護事業で「報酬、勤務時間、待遇に不満なし」という社員の声はほとんどない。
「みなし残業40時間。訪問介護のため朝から稼働、事務所に帰って事務処理をし、ほぼ毎日が残業2~3時間。激務のため前任者たちは退職に次ぐ退職。残業を減らすよう、と指示があるものの、現場への稼働時間を減らそうとしない上司。管理者としてどうかと思う」(ベネッセHD傘下のベネッセスタイルケア、30代前半の女性社員)
「一部上場に当たり、『会社は従業員のやる気で決まると言われています。従業員の皆様、これからもよろしくお願いします』旨の通達がきていた。にもかかわらず、『人件費率45%以下を目指します』という貼り紙がされている。人件費を削ろうというお達しを目の当たりにして、やる気が出る人がいたら教えてほしい」(ツクイ、30代前半の女性社員)
一方で、介護現場には独特の雰囲気がある。それに慣れない人は居心地が悪くなり、どんどん辞めていくという側面もある。
残った社員は辞めた人の業務を負担し、新人の教育係もしなければならず、安月給のまま業務量は増加。ストレスやウップンはますます蓄積する。そんな悪循環が口コミから容易に読み取れる。
◇
収入を公的保険に依存しているとお役所的な体質になる
収入を健康保険に依存する病院と同様で、収入を介護保険にほぼ全面的に依存する介護サービス会社は、民間でありながら社内体質は“お役所的”になっているという。
「意思決定が遅い」、お上から下りてくる基準や通達を基に社内ルールや詳細なマニュアルを作り、介護職員の行動をがんじがらめに縛る「マニュアル主義」、お上のご機嫌を損ねないように都合の悪いことはもみ消す「事なかれ主義」などは、その典型だ。
例えば、経営者が外部に向けて「利用者様への個別対応で質の高いサービスを目指します」ときれい事を言う。
その言葉を受けて、意欲ある社員が現場で、個別対応をしようとする。すると、上司は「そんなことをして他の年寄り連中からクレームが出たら誰が責任をとるんだ、オマエ」と言って止めさせる。ニチイ学館の30代前半の男性社員は、次のように訴えている。
「社内のマニュアルやルールを何よりも重んじるため、地域性やユーザーの状況を鑑みた個別の対応は殆ど出来ません。多くのことの決裁権は本社の上層部が持っており、決裁が下りるまでの時間がモノ凄くかかります。かかった上に決裁が下りないということもこれまで何度もありました。これでは社員のやる気、さらにはユーザーの信用さえも失ってしまうのでは。というか現に失われています」
こうした環境では、サービスや社内システムの改善に努力しようとする人材は絶対に育たない。
「長い物には巻かれるしかない」「変にがんばらず、上の言う通り、マニュアルに書かれている通りにやれば楽。どうせ給料は安いんだし」という後ろ向きの気持ちに支配され、いわゆる「指示待ち族」を大量に生み出すだけだ。
社員のやる気を奮い立たせたかったら、指示待ち族にならないように権限を移譲して思い切ってやらせてみるなど、先にやるべきことがあるはずだ。
一方で、人材面では、福祉の世界に進む人は「まじめで性格のいい努力家が多い」という世間のイメージと現実は、まるで違うという指摘もある。
「現場て働く職員は、必ずしも介護の仕事からイメージされるような優しい人間ばかりではありません。残念ながらほかに働き口がないような人も多いわけで、そういう人は、他人を蹴落としてでも、ここにしがみつこうとします。本当に理想を持った人たちとの出会いは、現実には難しいかもしれません」(ツクイ、30代後半の男性社員)
かつての高度経済成長時代、公立学校の教師は給料が安く不人気だったので、「教師でもやるか」「教師ぐらいしかできない」という「デモ・シカ教師」が増え問題になった。今は介護業界に「デモ・シカ介護職員」が多いようだ。
介護業界の人材の質を上げるには、待遇を良くして介護職員を人気職種にし、「デモ・シカ」では入社できないようにするのが一番なのかもしれない。
安月給に苦しんでいる社員も、政府が言っているように介護が成長業種であることは認める。会社の将来性にも少しは期待する。ただ、そのためには条件があると言う。
「医療・福祉分野で常にトップできており、ブランド力もあって社会的に認知されている。問題がないわけではないが、福祉分野のリーディングカンパニーとして積極的に取り組んでいるため、将来性はある。しかし、他業種に比べて給料が安いことや仕事のきつさはこの業界にはつきもののため、優秀な人材の確保と従業員自身がやりがいをどうみつけられるかによって、将来性は大きく変わってくる」(ニチイ学館、20代後半の男性社員)
少なくとも、この男性は、介護業界が将来のためにどうすればいいか、わかっているようだ。
◇
政治が変わらない限り、介護業界に救いはないのか?
「ブラック企業」という言葉は今やすっかり一般に定着した。介護業界の苛酷な現場は、他業界のブラック企業と状況こそ似ているが、根本的に異なる部分がある。
一般のブラック企業は、「自分たちの金儲けのために若手社員を薄給で酷使し、使い捨て」にする。
しかし、介護業界が薄給な理由は、経営者がカネの亡者だからではなく、介護保険法の縛りがかかっているからだ。
法律によって収入の基礎となる「介護報酬」は、細かく区分などが決められている。経営者は、支給される報酬の範囲内でコスト計算し事業を運営しなければならない。その額も決して大きいわけではない。
そして、収入を介護保険に依存するため、お上が決めた介護報酬が安ければ、そこで働く者の給料も安くなる。もし、「社員に労働に見合う賃金を払おう」と人件費を増やすと、倒産しかねない。それは恵まれない境遇を嘆く社員たちも、わかっているだろう。
そのため、介護サービス各社は民間企業でありながらほとんど「公営ブラック職場」と化している。
ブラック企業は、経営者が心変わりすればブラック企業ではなくなる。
しかし、介護業界は経営者がどんなに優れた人でも、一企業の改善の努力だけでは状況を変えることはできない。その意味では「ブラック以上にブラック」な側面を持っている。
状況を変えられるのは「政治」だけだ。自公連立政権下で決まった2006年の介護保険法改正は介護業界にとっては改悪で、介護報酬はそれまでより低く抑えられた。
2009年の総選挙で民主党は「介護職員に4万円の賃上げ」をマニフェストに明記して大勝し、政権交代を果たした。しかし、2010年の参議院選挙では、民主党のマニフェストからその文言はきれいさっぱり消えていた。公約と言うには、あまりにも軽すぎる扱いだ。
厚生労働省は2009年10月から職員1人当たり1万5000円の「介護職員処遇改善交付金」(現在は介護報酬内の「介護職員処遇改善加算」)を支給し始めた。
だが、これは、かつての自公連立政権の置き土産で、民主党政権が始めたことではない。しかも、公約の4万円の賃上げにはほど遠い金額である。
最近になって厚生労働省は「財源の制約も考慮し処遇改善施策の取り扱いを検討すべき」と言いだした。その意味は、「財政が苦しくて介護職員の待遇改善に回せるカネなどないから、我慢してくれないか」ということだ。
お上がそんな調子だから、この先、政権交代が再び起きようと、状況の改善はあまり望めそうにない。介護業界が貴重な人材を失う「男の寿退社」は、まだまだ続きそうだ。
サービス業は、人がいなくなればサービスを提供できない。
もし、財政難を理由に介護報酬が再び引き下げられたら、介護業界の人手不足はいっそう深刻化するだろう。すると、大都市を中心に介護保険の適用は順番待ちになり、要介護認定を受けても誰も面倒をみてくれない「介護難民」があふれることになる。
そして、順番を待っている間に高齢者が不慮の死を遂げる事件がメディアをにぎわせ、長寿国ニッポンの平均寿命は低下していく。順番に手心を加えた公務員が収賄で逮捕される事件や、特別養護老人ホームの裏金ヤミ入所事件なども起こりそうだ。
将来、そんな悪夢のような世の中が来ないと誰が断言できるだろうか? 2ケタ成長を続けるのに、未来がこんなにも暗い業界は他にはない。
*「キャリコネ」は、社員が投稿した企業に関する口コミ、年収情報、面接体験などを共有するサイトです。2012年8月末現在、45万社、19万件の口コミが登録されています。