• 通販も、ゆるキャラもやらない それでも「道の駅」が成功したワケ

    2014年3月20日放送の「カンブリア宮殿」は、地域再生の切り札とも言われる「道の駅」の成功例を紹介していた。

    道の駅は1993年、国の主導のもと開始された。現在1014軒にものぼるが、コンビニが出店をためらうところにまで乱立し、経営難から撤退するケースも多い。ただ、その中でも奇跡の復活を遂げている道の駅がある。

    論語の「近きもの喜び、遠きもの来たる」引用

    山口県萩市の「萩しーまーと」は、年間利用者数140万人を誇る人気の道の駅だ。成功の秘訣は、ターゲットを観光客ではなく、地元客に絞ったこと。品揃えからサービスまで、地元客に喜ばれる視点を貫いたという。隣接する萩漁港で水揚げされた新鮮な海産物が人気で、売上高は年間10億円に達する。

    この人気スポットの仕掛人は、駅長の中澤さかな氏だ。中澤氏は元リクルートの社員で、住宅情報誌の編集長として活躍していた。しかし、43歳の時に地方への暮らしに憧れてセミリタイア。萩で募集していた道の駅の駅長に応募した。

    就任当初、自治体が作ったずさんな計画案を見直し、徹底的にリサーチ。観光客相手の道の駅には限界があると、業界で常識だった観光バスの誘致をやめた。

    番組編集長の村上龍が「萩市は人口5万人。なぜその5万人に絞ると決めたのか?」と質問すると、中澤氏は、論語の「近きもの喜び、遠きもの来たる」という言葉を引いて、その理由を説明した。

    「近所の人が喜んでくれる店なら、そのうわさが広まって他からも人が来るようになるという言葉の意味。これはうちのコンセプトだなと思いました。やはり地元の人が日々使ってくれ、品質を評価してくれる店。これが本物ですよね」

    中澤氏が語る成功の秘訣とは、「観光バスとの決別、地元食材にこだわる。ネット通販はやらない。キャラクターは作らない」だそうだ。これには、昨今のゆるキャラブームに反感を持っていたらしい村上氏が痛く共感していた。

    反対する夫の目を盗んで大成功

    愛媛県内子町にある道の駅「内子フレッシュパークからり」は、古い建物にもかかわらず、年間来場者は70万人以上で、地域おこしの成功例として数々の賞を受賞している。

    元々、葉タバコで栄えた内子町だが、タバコの消費が減るにつれて衰退。町の存亡をかけて、1994年に産直市場を試験的に設置したのが始まりだ。

    圧倒的な鮮度を誇る野菜をはじめ、販売する商品は全て内子町で作られており、登録すれば何を売ってもいい。出店者は400人ほどで、品質管理や商品開発、イベント企画まで、生産者の女性たちが自主的に行っている。そのため、働く女性たちはみな生き生きと楽しそうだ。「半分はお金。半分は楽しさ」と笑うおばあちゃんもいた。

    そのリーダーとして活躍してきたのが、登録ナンバー1の野田文子さんだ。「からり」ができる前は、山から下りることもなくただ農業の仕事をやるだけで希望のない生活だったという。山から町の明かりを見ては「あそこへ行って生活してみたい」と望んでいた。

    反対するご主人の目を盗んでしいたけを売り、初めて自分で作る楽しみ・売る楽しみを知る。その後、ドライフラワーが200万円売り上げたと周りに知れると、からり出店は農家の女性たちに一気に広がって行った。

    「自分の価値を、自分で決める」歓び

    野田さんは、「農業を始めたころは、農協出荷しかなかった。ただ作るだけの農業で、主人に労働者として仕えるだけ。面白くない。そういう時に直販が出てきた」と語る。直販に新しい可能性を見出し、とうとう町に一戸建てを構えるまでになった。

    村上龍も感動したと話す、野田さんの言葉がある。「自分の価値を自分で決める」。自らが考え行動し、成果が出ることの歓びは、農家だけではなく仕事に生きがいを見出すために重要なことなのだと、改めて感じた。

    それを、すごい経歴や学歴をもつ人ではなく、どこにでもいそうな普通のおばあちゃんから感じることができた。誰でも、いくつになっても可能性はあると教えてもらった。(ライター:okei)

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