トレース疑惑の『昆虫交尾図鑑』 問題のウラに「ブラック労働」はないか 2013年12月14日 キャリコネ調査班 ツイート 12月6日に発行された『昆虫交尾図鑑』(飛鳥新社)が議論を呼んでいる。昆虫の交尾の様子を詳細かつユーモラスにイラストで紹介した1冊で、現役の女子芸大生・長谷川笙子さんが手掛けたものだ。 しかし、発売と同時に「イラストの構図とまったく同じ昆虫写真が複数ある」「他人の写真を模写したのではないか」と指摘され、ネットで“炎上”したのだ。 作者は謝罪したが出版社は「反発」 現段階では模写かどうかは判断が分かれているが、写真家に無断で商用公表したとなれば著作権侵害にあたる可能性が高い。しかし版元の飛鳥新社は12月10日、自社サイトにて、 「写真における昆虫の特徴と類似するのは当然」「昆虫の交尾の姿に個性的体位がないのは自明」 とし、「書籍中のイラストは著作権を侵害するものではない」とする見解を発表している。これがネットで反発を招いている理由は、作者と会社の見解が大きく異なるためだ。 イラストの元となった可能性の高い虫図鑑サイト「虫ナビ」の運営者は、飛鳥新社に抗議のメールを送ったところ、「作者から謝罪メールを頂きました」とツイッターで明かしている。 ここで無断利用を認めて改めて手続きをすれば、それ以上批判される筋合いはない。しかし飛鳥新社は、まるでネットの批判に反発するように、自社に何の責任もなかったような見解を貫いている。 もし訴訟になれば、違法行為の有無は司法の判断にゆだねられる。しかしその前に「飛鳥新社は会社として、自らの役割を全うしたのか」という疑問もわく。 「ちょっと検索」ができなかったのか ある出版社の書籍編集者は、キャリコネ編集部の取材に対し「これは編集者がきちんと仕事をしていなかったために起こったことじゃないですか」と指摘する。編集者は原稿がなんであれ、著作権に違反していないか確認するのが基本的な仕事だからだ。 「一般読者でさえすぐに類似画像を見つけられたのだから、プロの編集者が見つけられなかったでは済まされない」 ただ、もっぱら紙の出版物しか担当していない編集者の中には、ネットの状況に疎い可能性もある。「ちょっと検索すれば分かること」と言っても仕方のないことなのかもしれない。 しかし、実績のない現役女子大生のデビュー作であれば、作者に対し「すごく精密に描かれてますね。このイラストは何か資料を参考にしているんですか?」と確認すべきだったはず。その段階で発覚していれば問題は避けられた。 「写真を参考にしたと認めれば、写真撮影者に資料提供という形で協力を依頼すればいい。こうした確認作業を十分せずに利益を得ることについて、出版社に批判が起きたのでしょうね」 ただ、こうした問題は「実は飛鳥新社だけに限らず、どの出版社でも起こりえます」とこの編集者は述べる。 出版社の「自転車操業」が過重ノルマやミスを生む 現在は出版不況だ。出版社の数も減少し続けている。にもかかわらず、業界全体の年間出版点数はほぼ右肩上がりを続けており、ここ数年は7~8万点を超える。 その理由は、出版の流通方法に原因がある。出版社は新刊を出せば、取次から売り上げを支払ってもらうことができ、そのお金で社員の給料や印刷会社への支払いができる。要するに自転車操業であり、新刊発行を止めれば資金繰りがショートして会社が潰れてしまうのだ。 この構造は、現場の編集者に大きな負担をかけることになる。 「編集者1人が年間に担当できる新刊点数はだいたい5~6点ですが、ひどい例だと10~20点の制作ノルマが課されている会社もありますよ」 こうなると、新刊1冊の制作に時間をかけていられない。作者に資料を提供したり、内容をチェックしたりといった業務もおろそかになりがちだ。 「編集者が新刊を担当する際は、市場調査も兼ねて類書をチェックしたり、盗作防止のためにネットを検索してみるのは常識。でも編集者の負担が増えれば、そういうことをするヒマもなくなり、目の前の原稿整理に追われてしまう。すると盗作が発生するリスクも高くなってしまいます」 著作権問題のウラに、編集者の過重労働や、出版社の「ブラック企業体質」があるのなら、そこから改めていかなければ問題は再発するだろうと、この編集者は予想している。 あわせてよみたい:買い叩かれるイラストレーターたち
トレース疑惑の『昆虫交尾図鑑』 問題のウラに「ブラック労働」はないか
12月6日に発行された『昆虫交尾図鑑』(飛鳥新社)が議論を呼んでいる。昆虫の交尾の様子を詳細かつユーモラスにイラストで紹介した1冊で、現役の女子芸大生・長谷川笙子さんが手掛けたものだ。
しかし、発売と同時に「イラストの構図とまったく同じ昆虫写真が複数ある」「他人の写真を模写したのではないか」と指摘され、ネットで“炎上”したのだ。
作者は謝罪したが出版社は「反発」
現段階では模写かどうかは判断が分かれているが、写真家に無断で商用公表したとなれば著作権侵害にあたる可能性が高い。しかし版元の飛鳥新社は12月10日、自社サイトにて、
とし、「書籍中のイラストは著作権を侵害するものではない」とする見解を発表している。これがネットで反発を招いている理由は、作者と会社の見解が大きく異なるためだ。
イラストの元となった可能性の高い虫図鑑サイト「虫ナビ」の運営者は、飛鳥新社に抗議のメールを送ったところ、「作者から謝罪メールを頂きました」とツイッターで明かしている。
ここで無断利用を認めて改めて手続きをすれば、それ以上批判される筋合いはない。しかし飛鳥新社は、まるでネットの批判に反発するように、自社に何の責任もなかったような見解を貫いている。
もし訴訟になれば、違法行為の有無は司法の判断にゆだねられる。しかしその前に「飛鳥新社は会社として、自らの役割を全うしたのか」という疑問もわく。
「ちょっと検索」ができなかったのか
ある出版社の書籍編集者は、キャリコネ編集部の取材に対し「これは編集者がきちんと仕事をしていなかったために起こったことじゃないですか」と指摘する。編集者は原稿がなんであれ、著作権に違反していないか確認するのが基本的な仕事だからだ。
ただ、もっぱら紙の出版物しか担当していない編集者の中には、ネットの状況に疎い可能性もある。「ちょっと検索すれば分かること」と言っても仕方のないことなのかもしれない。
しかし、実績のない現役女子大生のデビュー作であれば、作者に対し「すごく精密に描かれてますね。このイラストは何か資料を参考にしているんですか?」と確認すべきだったはず。その段階で発覚していれば問題は避けられた。
ただ、こうした問題は「実は飛鳥新社だけに限らず、どの出版社でも起こりえます」とこの編集者は述べる。
出版社の「自転車操業」が過重ノルマやミスを生む
現在は出版不況だ。出版社の数も減少し続けている。にもかかわらず、業界全体の年間出版点数はほぼ右肩上がりを続けており、ここ数年は7~8万点を超える。
その理由は、出版の流通方法に原因がある。出版社は新刊を出せば、取次から売り上げを支払ってもらうことができ、そのお金で社員の給料や印刷会社への支払いができる。要するに自転車操業であり、新刊発行を止めれば資金繰りがショートして会社が潰れてしまうのだ。
この構造は、現場の編集者に大きな負担をかけることになる。
こうなると、新刊1冊の制作に時間をかけていられない。作者に資料を提供したり、内容をチェックしたりといった業務もおろそかになりがちだ。
著作権問題のウラに、編集者の過重労働や、出版社の「ブラック企業体質」があるのなら、そこから改めていかなければ問題は再発するだろうと、この編集者は予想している。
あわせてよみたい:買い叩かれるイラストレーターたち